Book Review 34-1 ナラティブ #人を動かすナラティブ

 

『#人を動かすナラティブ』を読んでみた。

著者は毎日新聞編集委員。2002、2003年の新聞協会賞を2年連続受賞。「対テロ戦争」の暗部をえぐり2010年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

 

 札幌医大在籍時に「ナラティブ・ベイスト・メディスン」関連の本を翻訳しているのでナラティブには親和性がある。

 

 著者は、ナラティブとは「語り」と「物語」を足したもので、「複数の出来事が時間軸上に並べられている」に加えて、何らかの文脈を持つ「意味性」、他者との関係性としての「社会性」が含まれるといっている。それゆえ、語る相手によってナラティブは変化するのである。

 本書で一貫しているには、人はそれぞれにナラティブを作って行動するという点である。

 本書では、はじめに養老孟司氏に突撃インタービュ。氏は脳内一次方程式を持ち出す。Y(出力)=a(係数)×x(入力)。イスラエル人にはアラブ人への配慮係数はゼロ,アラブ人にはイスラエル人の配慮係数はゼロ。それゆえ両者のナラティブの接点はゼロとなる(2023年現在の戦争状態に帰結してゆくのだろう)。

 安倍晋三元首相銃撃件犯や小田急京王線襲撃事件犯は、陰謀論ナラティブを作り、「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」となって攻撃したと分析。

 #ジャン・フランソワ・リオタールが提唱した「大きな物語」という説が出て来る。リオタールのいう「大きな物語」とは、モダンという時代が普遍的な価値を認め、そこに到達することを目標とする物語であり、他の様々な考え方や見方、知識を抑え込んで唯一の正当性を主張できる語り口(メタ物語)のことである。 本書では、性被害にあった伊藤詩織さんや五ノ井里奈さんが、支配階級の男性たちが作った組織防衛の物語(大きな物語)を、沈黙を破って語ったセルフ・ナラティブ(小さな物語)で突き崩した、とその勇気を讃えている。

 ナラティブと言えば神話は欠かせない。本書では、映画監督のジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』3部作に「ヒーローズ・ジャーニー」を採用したことを紹介している。元ネタは#ジョーゼフ・キャンベルの『#千の顔を持つ英雄』から。英雄伝説に共通している構造は3段階で、(1)セパレーション(分離・旅立ち、越境・闇への航海)→(2)イニシエーション(試練の道・女神との遭遇・誘惑する異性・父との一体化・アナザーワールド、という通過儀礼で勝利し終局の恩恵を受ける)→(3)リターン(帰還の拒絶・呪的逃走・外界からの救出・帰路の境界・二つの世界の導師・自由と本性・祭りが挙行)である。英雄伝説には以上のような基本の流れと基本の特質がある。この「ヒーローズ・ジャーニー」が多くの物語・小説・オペラ・映画・劇画・マスメディアによる実話再生法などに頻繁に使われている(松岡正剛氏のまとめから)。

 キャンベルは人間の根本に宿る物語には、「眠り(闇)」と「覚醒(光)」の絶えざる循環という母型が、「実界」と「異界」の境界を告知し続ける母型が、さらには「父(隠れた力)」と「子(試される力)」の関係の不確定をめぐる母型が、「個体」と「宇宙」との対立と融和と補完をめぐる母型などが、極めて多様にばら撒かれていたことを示した。
 また、社会人類学ジェームズ・フレイザーが研究した未開社会の神話・呪術・信仰のこと(金枝篇)が紹介されている。

 人間の認知能力には、論理科学モードとナラティブ・モードがあるが、人を説得するのはナラティブ・モードであるという。そして他者の共感を得ることが大切となる。共感の反対は無関心、それゆえ、他者を引き付けるナラティブが求められる。

 ナラティブには、論理科学的思考と社会情動スキルがあるが、最近は社会情動スキルに注目が集まっている。その点を研究する虫明元教授によると、ナラティブの処理には左脳と右脳を使うそうだ(論理と情動の両方が関わる)。他者の気持ちに思いを馳せる(メンタライゼーション)ことが大切であり、物語は共感装置となるそうだ。

 ジョゼフ・ラフトとハリントン・インガムが開発した「ジョハリの窓」という自己分析を行うことで他者との関係性を知り、コミュニケーションを模索する心理学モデルも紹介されている。窓は4つ(自己と他者の視点の4分割)。開かれた窓、秘密の窓、盲点の窓、未知の窓。組織の活性化につなげられるので、ビジネス領域においても積極的に活用でき、集団における自己理解を深める手法として、グループワークなどを通じて取り入れられている。

 最後に、「乾いた3人称の目」(論理的)よりも「潤いのある2.5人称」(論理+情動)の聞き方(インタービュ)を勧めている。頭の中に浮かぶナラティブは我々の感情をかき立て、個人や社会を突き動かす。他者の話から、自分が探していた未完のパスルのピースが見つかることもある。最近ではAIを使った意図的な誘導が行われ、SNSを通じて心に空隙を抱える人たちを狙い撃ちして発信者に都合のよいナラティブを社会に蔓延させてゆくという懸念が出ている。

 本書を読むことで、ナラティブが人を揺り動かすメカニズムの一端を知ることができる。これまで気になりながら読めなかったナラチィブ関連の本を読んでみることにしよう。