Book Review 26-1ディストピア # AI監獄ウイグル

 

『AI監獄ウイグル』(ジェフリー・ケイン著)を読んでみた。著者は米国人の調査報道ジャーナリスト。アジアと中東地域を取材し、多数の雑誌・新聞に寄稿している。

本書を読むと中国の漢民族以外の居住地がディストピアになっていることに驚愕する。オーウェルが『1984年』(1949年刊行)で全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いているが、まさに現実がそれを遥かに凌駕している。小説の主人公は「愛情省」で尋問と拷問を受け、最終的に自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑される日を想って心から党を愛すようになる。『1984年』では、「戦争は平和なり、自由は隷属なり、むちは力なり」というフレーズが有名。

ディストピア小説として私が知っている作品として、「すばらしい新世界オルダス・ハクスリー著)」、「セレモニー(王力雄著)」、「透明性(マルク・デュガン著)」「献灯使(多和田葉子著)」、「わたしを離さないで(カズオ・イシグロ著)」、「蠅の王(ウィリアム・ゴールディング著)」、「華氏451度(レイ・ブラッドベリ著)」などがある。この新疆ウイグル自治区の現状は小説の比ではない。

本書は、2017年8月~2020年9月まで、168人のウイグル人にインタービュした記録である。北京の一流大学に通い、外交官を夢見たメイセム(仮名)とその家族に起こった惨劇を克明に伝えている。ほとんどの人が発表する場合は、仮名を要求したという。2017年以降、推定180万人のウイグル人、カザフ人、そのほかの主としてイスラム少数民族の人々が「思想ウイルス」や「テロリスト思考」をもっていると中国政府から糾弾され、地域全体にある何百もの強制収容所に連行された。ウイグル人の10人に一人が収容(10万から100万人)され、再教育センターという名のもとに洗脳教育を受けている。

「予測的取り締まりプログラム」というものがあり、経口避妊薬の服用強要や不妊手術がなされる。ガス室を使わないジェノサイドとも言われている。

 ことの始まりは、2001年9月11日のツインタワー崩壊(同時多発テロ)が契機のようだ(すでに1989年6月4日の天安門での市民虐殺で、中国の民主化は逆戻りをしているが・・・)。漢民族以外に対して、「コミュニティ型警察活動」を展開し、一つの民族のアイデンティティ、文化、歴史を消し去り、何百万人もの人々を完全に同化させることを中国共産党は目指した。ウイグル習近平が唱える「一帯一路」構想の出発点に当たるのだそうだ。監視システム「スカイネット」で、1)敵を特定すること、2)敵を監視する技術を管理すること、3)国全体をパノプティコン(全展望監視システム)に変えることを目指している。そして、ウイグル人は次々と姿を消した。中国は、将来のニーズに合わせて再構築された斬新な軍産複合体を作り出して、米中企業が結びついた顔認証と音声認証を採用した。警察官たちが身分証明書をチェックし、スマートフォンで顔をスキャンして身元を確認し、強制的なメディカルチェックを行う。綿棒で口内をぬぐってDNAを採取し、採血して政府のデータベースと照合する。次に音声認識ソフトウェアで該当者を特定する。(最近、欧米企業が顔認証を中止し始めたそうだ。現在米中は「技術冷戦」となっている)。

本書では、中国の愛国心=人種差別と外国人嫌悪であると断言している。習近平文化大革命は、「国家AIチーム」を立ち上げて、AIと監視装置を融合し、「社会信用スコア」で人民を管理し、すべての遺伝子プロファイルを集めている。

 

このような状況に打開策はあるのか。そのヒントとして、「ズームアップ×オチアイ」というNHKの番組(2023年2月5日放送)が参考になった。オードリー・タン氏(台湾のデジタル担当大臣)と落合陽一氏(筑波大学図書館情報メディア系准教授・デジタルネイチャー開発研究センターセンター長)の対談である。

デジタル、AIによる国家管理に対して、「デジタルによる逆転のシナリオ」を提案している。現在、デジタル、AIが急速に進歩している。文字入力だけで画像に変換でき、チャットGPT( 質問を入力するだけですぐに自然で説得力のある回答が返ってくる、AIとの対話ソフト)がつい最近実用化された。彼らによると、AIのスケールが変わるそうだ。例えば、現在ルンバによる家の掃除をしている状況が、将来、海岸に打ち付けられているペットボトルの除去作業をするようになる、等。

デジタルが人と人との関わり架け橋をつくる。AIの特徴は「目の前のものを学習し、共通点を見つけること」であるので、これからの子供たちは「読み書きのようにAIを学ぶこと」になる。

制度や権利の多様性を議会(熱慮)よりも早く変革(速度変更)する。例としては、セクハラや性的暴行などの性被害被害の体験を告白・共有する際にSNSで使用されるハッシュタグであるme too運動等。また、AIが陳情の声をお役所好みに変換するようになる。AIの利用には、データクレンジングといってプライバシーの尊重、ゼロ知識証明(ユーザー認証を安全に行うという目的のもと開発された技術)が重要である。彼らはデジタルで孤立に橋を架けることができると断言する。台湾では、中小企業を支えるクレジット決済を国が支える(Tクラウド)システムが活用されている。

生の情報は、見る人に同じ情報を共有させるので、戦争における非対称性が変わる(攻める側が有利から、守る側が有利に、カギを握るのは市民)。ミサイルで心の連帯は倒せないのだ(宇宙からのインターネットはミサイルでは撃ち落とせない)。ロシアがウクライナに侵攻して通信環境を破壊した状況を、スターリンクという衛星通信を借用して、ウクライナは生情報を世界に発信した。

 プーチン習近平のような独裁者に対して、オードリー・タン氏が果敢に戦っている。私たちも彼に続かなければならない。