Book Review 9-13 医療 清浄島

 

『清浄島』(川﨑秋子著)を読んでみた。著者は北海道別海町出身。北海道を舞台にした小説で数々の文学賞を獲得している。『土に贖う』は私の大好きな短編集である。 

本書はエキノコッカスの流行拡大を防止するために活動した若き研究者の物語である。史実に基づいたフィクションとなっているため、やや盛り上がりに欠け、話は淡々と進む。

 

話の舞台は前半が礼文島、後半が道東地区である。私は利尻島には診療支援で何度も行ったが、礼文島には縁がなく行く機会がなかった。最近、船泊村診療所に父親の跡を継いだ医師(升田晃生氏)がNHKで特集されている。(初回放送日: 2022年6月18日)

 

ことの発端は、大正末期に礼文島で山火事が起こった。その後、キツネが減り、ネズミが大繁殖し植物の根を齧るため、農業被害が深刻となった。そこで、キツネを島に放ち、ネズミを減らし、あわよくばキツネの毛皮を売って儲けようと考えた。このことが礼文島にエキノコッカス症を蔓延させる元凶となったようだ。

 

昭和29年。礼文島は人口約一万人、千八百世帯。土橋義明氏が北海道立衛生研究所から礼文島に調査のため派遣された。昭和11年礼文島出身の小樽在住の女性の肝臓の一部に巨大腫瘤が見つかり、エキノカッカス症と診断された。これは礼文島特有の風土病であり、エキノコッカスが肝臓、筋肉、脳に寄生する、とされた。

 

エキノコッカスの幼虫がネズミの肝臓に寄生し、それを食べたイヌ・ネコ・キツネの腸内で成虫となり、大量の卵を排出する。それをネズミが食べる、というサイクルをとる。人間の体内では成虫になれないため、人間から伝染はしない。しかしながら、その点を説明しても嫁ぎ先から縁を切られた事例が後を絶たなかった。対策としていろいろ模索した結果、島に封じ込める作戦としてイヌの島外持ち出し禁止令をだした。イヌ・ネコの処分を断行(剖検イヌ154頭、ネコ7頭、ネズミ200以上)。子供たちの愛犬を殺傷し、怒りと悲しみに包まれた。これまでに累計患者数123名、半数が死亡となっている。(「清浄島」というタイトルはこの活動に由来するのだろう)。

 

時を移して昭和44年、12月21日。釧路労災病院でエキノコッカス症が報告された。その後、7歳女児が発症。肝臓に手拳大の腫瘤と多発嚢胞が見つかった。すでに10年前、2例の未治療死亡例あったことをこのときはじめて知ることになる。野犬173頭のうち2頭でエキノコッカス虫卵を発見。終宿主はキタキツネ・イヌ、中間宿主はミカドネズミと同定された。昭和44年6月、12歳女児がエキノコッカスで死亡。昭和48年、道東に生息のキツネ102頭のうち11頭からエキノコッカスを発見。そうこうするうちにドイツで開発されたプラジカンテルという駆除剤が有効と判明。

 

その後の経過。

1990年代、北海道全域に拡大。1998年、北海道のキツネの感染率は57.5%(2018年、43%)。2005年、埼玉県、2014年愛知県で野犬から虫卵を検出。2021年、知多半島にエコノコッカスが定着という見解が示された。

毎年全国で20-30名の新規患者が報告されている。

 

 本書を読むまではエキノコッカス症は撲滅され、過去の病気と思っていたが、そうではなく現在も発症例があり、検診も行われているのだ。

 

参考:現在北海道全域で、エキノコックス症対策のため、採血検診が行なわれている。この検診は、エキノコックス症を早期発見し、早期治療につなげることが目的で、5年に1度の受診を勧めている。19歳以上の者で、5年以内に1度もエキノコックス症検診を受けていない者や、感染の可能性から受診を希望する者(松前町の場合)が対象。料金は無料である。