Book Review 9-6

『誤診の解体』(Pat Croskerry著)を読んでみた。

 

最近、誤診についての本が多数出版されている。「診断の改善」は近年世界の医療全体が取り組むべき課題と言われている。この10年でこの領域のキーワードは「診断エラー」であり,人間の認知や意思決定に影響を及ぼす「認知バイアス」である。本書は札幌医科大学総合医学診療講座の同門会員が翻訳している。そんな背景もあったので購入して研修医教育に利用している。著者はこの領域にトップランナーである。現在、ダルハウジー大学医学教育部門内の批判的思考プログラムのディレクターであり、彼の関心は主に臨床的意思決定、診断失敗、および意思決定における認知的および感情的バイアスの役割にある。救急医でもある(それゆえ提示された症例はすべて救急科対応である)。

本書は、41の症例提示とその後の誤診至った経過を示し、その認知バイアスを示している。その認知バイアス数は症例によっては10個以上示されており、読むのが煩わしいくらいである。そこで認知バイアスの記載は割愛し、以下に最初の10症例の提示と最終診断(末尾に)を皆様にお示ししたい。

症例1:年齢の記載ない女性。クリスマスの日に、疲れ果てた研修医2名が別々に対応。冠動脈疾患、糖尿病の既往。収縮期血圧70mmHg,心拍数30/分。血糖:46㎎/dl。体温の記載なし。輸液、アトロピンを投与。体外式ペースメーカーを挿入し、循環器科へ搬送。そこで経静脈ペースメーカーを挿入。収縮期血圧60mmHgに低下し、ドパミンを点滴。高カリウム血症(7.9mEq/l)を認め、BUN:128mg/dl, Cre:7.27mg/dl、pH:6.81で腎不全と判断。グルコン酸カルシウム、インスリンを使用。

 

症例2:取り乱して救急科を受診した38歳女性。不安障害の治療を受けたことがある。心拍数:115/分。呼吸数:26/分。心電図:洞性頻脈。パニック障害と診断。精神科に移送。研修医が血ガスを施行し、代謝性アシドーシス(pH;7.12)。病歴を再聴取した。

 

症例3:18歳男性が救急科を受診。10日前から呼吸器症状あり。咽頭痛、咳、鼻閉、嘔吐、筋痙攣、下痢、全身倦怠感あり。クラリスロマイシンが処方されている。体調は不良であったが、クオーターバックとしてホットボールの試合に出場。帰宅後、チームドクターに肺炎と診断されたことを母親が心配し救急車を呼んで受診。肺に低調性連続ラ音聴取。胸部XPをオーダー。腹部症状を訴えていなかったが、胸腹部を出して寝ている患者をなんとなく研修医が診察したところ、筋性防御を認めた。

 (この症例は非常に印象的であり、研修医教育に最適である)

 

症例4:75歳女性が頚部痛で救急科を受診。バイタル・サインは正常。首の屈曲制限はあるが、髄膜刺激徴候なし。患者は髄膜炎を心配している。話をしているうちに血液検査をすることになった。研修医は血液検査が正常であっても髄膜炎が確実に除外できないことを説明した。結局、病気を見逃したくないので髄液検査を施行した。

 

症例5:不安障害とうつ病で精神科に通う18歳女性。主訴は間欠的な息切れ。手足の痙攣と意識消失を伴う過換気発作。37℃、脈波ス108/分、呼吸数:22/分、SpO2:94%。軽度肥満。血液検査:正常。心電図:頻脈、胸部XP;肺炎像なし。服薬変更によるものと研修医は診断した。

 指導医が診察。ヘビースモーカーで避妊用ピリを内服していることが判明。Dダイマーを指示したが、検査室が混んでいて結果が出るのに数時間かかると言われた。8時間後、紙袋を使っての呼吸指導を受けているとき心停止となり死亡。

 

症例6:59歳男性。便秘が主訴。家人は患者が「唸り声をあげている」と訴える。既往はTourette症候群、高血圧、冠動脈疾患。腹部は軟だが、下腹部全体が膨満。導尿で1L排尿。

 

症例7:55歳男性。午前3時に頭痛で受診(寝る前に歯磨きをしているときに頭全体に痛みが出現)。視界にジグザクの線が入る、嘔気があった。神経所見なし。少し首の凝りがあるという。引継ぎで片頭痛と伝えた。神経内科医に相談したとこと、片頭痛以外でも視覚前兆は見られるといわれ、心配になり、頭部CTを施行した。

 

症例8:65歳男性。2時間前に生じた左半身の脱力感。肺がんで化学療法施行中。高血圧、糖尿病あり。心拍数:130/分。腱反射の亢進。血糖値:172mg/dl。頭部CT;正常。メトクロプラミド10mg静脈内投与を口頭で指示。10分後に呼吸数8回/分、当然の意識消失と徐脈が出現。研修医は家人に「脳卒中が進行し、Cheyne-Stokes呼吸が出現している。容態は深刻」と伝えた。家族と相談して、気管挿管し、CT再検査した。

 

症例9:43歳男性。目のかすみが主訴。はっきりした異常はなく、視力は両眼とも0.3。翌日受診。耳鼻科に回され、不安障害と診断された(呼吸数:22回/分)。研修医は頻呼吸が心配で、胸部XP,心電図、血ガスを施行。pH;7.23,アニオンギャップ26mEq/lであった。

(患者背景を訊き出すことの重要性を再認識)

 

症例10:16歳女性。下腹部痛、下痢、嘔吐で両親と受診。頚部両側に皮疹。点状出血と考えた。頭痛あり、嘔吐7回。DICを伴う髄膜炎菌性髄膜炎を考えた。血培、抗菌薬を静脈投与。髄液は無色透明。

その後、WBC:16300,好中球;93%。妊娠反応陰性。引き継いだ研修医が、右下腹部痛もあることから、虫垂炎を疑い外科に送った。腹部エコーは正常で、CTは施行されなかった。腹腔鏡下虫垂切除術が施行された。

以下割愛。医療訴訟等が多発する病院では、組織の問題点を洗い出すのに参考になろう。

 

 

最終診断1:低体温症(トレーラーハウスの床に寝間着姿で倒れていた)。

 

最終診断2:急性サルチル酸中毒

最終診断3伝染性単核球症脾臓破裂

最終診断4:首の捻挫(カーテンを吊るすとき)

最終診断5肺塞栓症(骨盤静脈血栓+巨大は肺鞍上血栓

THROMBOSISの危険因子

T: trauma,

H: hypercoagulable, Hormone replacement

R: recreational drugs

O: old age (>60)

M: malignancy, medical illness

B: birth control pill, blood group A

O:obesity、obstetrics

S: surgery, smoking

I: immobilization

S; sickness

最終診断6:L1-2の椎間板ヘルニア

最終診断7クモ膜下出血

主な3つのヒューリステックス

利用可能性バイアス、代表性バイアス、アンカリング

最終診断8:薬剤エラー

最終診断9:アニオンギャップ開大の代謝性アシドーシス(模型飛行機の燃料をうっかり飲み込んでいた)

最終診断10:診断不明(虫垂は正常で、無症状となり退院)。