Book Review 26-5 ディストピア # ショック・ドクトリン

 

『# ショック・ドクトリン』(ナオミ・クライン著)を読んでみた。と言っても、本書は上下二巻で、読み続けるのが大変のため、今回は『100分de名著』のテキストで代用した。著者はカナダのアーナリスト 。本書は三十数か国語に翻訳され、日本語版は2011年9月に刊行された。番組の進行役であった堤未果氏の著書『堤未果ショック・ドクトリン』も読んだが、『# ショック・ドクトリン』に包含されているので今回は割愛する。

ショック・ドクトリン」を一言で言うと、災害や他人の不幸に付け込んで、人々がショックを受けている間に、素早く一部の者だけが官民一体となって儲けるシステムを構築してしまうという政策である。これをされると平時は効率がよくなったように見えるが、新たな災害が来ると効率化を優先してセイフティ・ネットを崩壊させているので、彼らは儲からないことには手を出さず逃げ出してしまう。著者はこうした主張を「ショック・ドクトリン」と呼び、現代の最も危険な思想とみなしている。

日本人では、「市場への政府介入は極力少ない方がよい」と訴えて、白川方明竹中平蔵村井嘉浩宮城県知事)が政策導入を図っている。災害時に、ショックの覚めぬ間に。3.11以後に日本も標的になった。村井嘉浩は3.11後、宮城県内において民間企業に「水産特区」を与えた。大坂(維新の党主導で)は関西国際空港伊丹空港が民営化された。

これは、ミルトン・フリードマンフリードリヒ・ハイエク、ドナルド・ラムズフェルトディック・チェイニージョージ・W・ブッシュ等の「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれるシカゴ大学経済学部の連中が唱えた経済学理論である。「市場への政府介入は極力少ない方がよい」と。何とミルトン・フリードマンノーベル経済学賞を受賞している。「今だけ、カネだけ、自分だけ」の理論で。

この新自由主義理論は、感覚遮断(電気ショック)を利用した洗脳秘密実験の結果からヒントを得ているそうだ。

実際に行われた例(新自由主義の暴走)として、チリのアジェンンダ政権をピノチェット将軍がクーデターを仕掛けた(米国の後ろ盾)。チリでは無実の一般市民の逮捕・拷問・処刑が相次ぐばかりでなく、「惨事便乗型資本主義」がはびこって、「小さな政府」主義が金科玉条となり、公共部門の民営化、福祉・医療・教育などの社会的支出の削減が断行され、多くの国民が窮地に追い込まれた。英国のサッチャー政権がフォークランド紛争後、自国労働者を鎮圧した。米国は同時多発テロから急激に変貌した。国内監視を合法化する法律が即座に成立し、あっという間に監視カメラが国中に取り付けられた。また教育や医療、福祉、公共サービスへの予算が大幅に減らされた。

1989年6月4日以降、中国(鄧小平)はフリードマンに助言を求めた。共産主義フリードマン新自由主義(経済は自由、政治は独裁)を採用。「人間の欲望の先を見つめること」、「今だけ、カネだけ、自分だけ」。フリードマンはチリ(独裁国家)と中国(共産主義国家)に全く同じ助言を与えたという。

ロシアで、エリツィンは民主主義制度の内側でショック療法を強行し、民主主義を崩壊させてからクーデター(十月政変)を起こした。ゴルバチョフの穏健移行路線を米国が拒否して、エリツィンを支えた結果、現在のプーチン政権に繋がってゆく。

1997年7月のアジア通貨危機で救うはずのIMFは、韓国の企業閉鎖と資産売却を加速させ、韓国経済を破壊した。

2003年3月に始まったイラク戦争。米国の「衝撃と恐怖」作戦。イラクの食と農業にショック・ドクトリンを仕掛けた。イラクに戦争を仕掛けて、実体経済を破壊し、外国資本を略奪した。

自然災害を利用したショック・ドクトリンの事例は、2005年のハリケーンカトリーナ後、復興もされないうちに大規模の民営化(公開入札なし)が導入され、最低賃金法が撤廃され、「復興特区」が指定された。

これらはまさに、政府と民間企業の「天下り」の双方向版であり、明らかな利益相反である。効率化だけを強調するが、平時には当てはまっても災害や大きな事故では役に立たない(逃げ出すか無視するから)。

9.11は従来の戦争の定義を二つの面で書き換えたという。一つ目は、時間の制約。二つ目は空間の制約。国民監視と言論統制が合法化された。「セキュリティー・バブル」が生まれた。日本では特定秘密保護法が成立した。これはディストピアへと向かっているとしか言えないだろう。

ではショック・ドクトリンに打ち勝つにはどうしたらよいのか。まず、復興事業は可能な限り地元住民自身が行うこと(政府をあてにしない)。スマトラ島沖地震の際、少数民族が結束して政府に打ち勝っている。できれば、協同組合の形やバーター取引で行うこと。ベネズエラ世界銀行IMFの両方を脱退し、ニカラグアとブラジルも脱退交渉を始めたという。

「今だけ、カネだけ、自分だけ」ではなく、「未来を見据え、弱者を救済し、国民すべて」の幸せを目指す政治を行ってくれることを切に願う。