Book Review 30-2マンガ #オーウェル1984』を漫画で読む

『#オーウェル1984』を漫画で読む』(ジョージ・オーウェル/文・フィド・ネスティ/絵)を読んでみた。オーウェルは『#動物農場』で既に高い評価を得ていた。『1984』は翻訳本で何回か読んでいるが、大部分忘れている。「原文を忠実に引用しながら作られた初の漫画化作品」と謳っているので購入してみた。

ここで描かれているディストピアはどのようなものか。本書のイラストの印象的なところを追ってみよう。3部に分かれている。Part 1。テレスコープから声が流れる(スイッチを切ることはできない)。監視装置でもある。住宅の階段に「BIG BROTHER is watching you.」というポスターが貼られている。BIG BROTHER(モデルはヨシフ・スターリン)といえば、大学二年生のとき、一英語教師がBIG BROTHERシステムという上級生が下級生の面倒を見るという寮の制度を唱えた。これを聞いたとき驚愕した。英語教師がディストピア小説を読んでいないのかと。読んでいて使ったのなら最悪である。「戦争は平和なり 自由は隷属なり 無知は力なり」というスローガンが壁に彫られている。この国には4つの省がある。言葉とは裏腹に、真実省は虚実を垂れ流し、平和省は人々を戦争に駆り立て、愛情省は虐待を(建物に窓がない)、豊穣省は飢餓をもたらす。ある日、Wは日記を書く決意をする(1984年4月4日)。見つかると死刑。反セックス青年同盟、2分間ヘイト、「ブラザー連合」(体制の転覆を図る)。例の本。思想警察。思想犯罪。蒸発(夜に捕らえられて消されること)。「過去を支配する者は未来をも支配する。今を支配する者は過去をも支配する」が標語。修正作業で過去が改変されてゆく。「二重思考」(相反することを同時に考えて受け入れる)。不満を顔に出すと「表情罪」が適用されて捉えられるる。結婚とは「赤ちゃんづくり」と「党への義務」である。

Part 2。監視されていると思っていた娘から紙片を手渡される。「愛している」と書かれていた。「ディスカッション・グループ」という相互批判の集会がある。娘と野原や30年前に原爆が落ちた教会で逢引きを繰り返す。日常生活の中で「僕たちは死人だ」と気分が落ち込む。「ヘイト・ウィーク」には「ヘイト・ソング」が喧騒に鳴り響く。「ブラザー連合」と連絡を取って抵抗を誓う。

Part 3。密告されて、愛情省に捕らわれ、「暗闇のないところ」に収容される。7歳の娘(英雄児童)から思想警察に告発された男もいる。様々な拷問によって思想改造されてゆく。

これだけではわかりにくいので、粗筋を追ってみよう。1984年現在の世界である。1950年代に勃発した第三次世界大戦の核戦争(核を使うと2022年からのロシア・ウクライナ戦争か)を経て、世界はオセアニア(英国・米国)、ユーラシア(ロシア・東欧)、イースタシア(中国・日本)の三つの超大国によって分割統治されている。中国の三国志のように力が均衡するためには3つがよいということなのだろう。間にある紛争地域(アフリカ赤道部)をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。オセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に双方向性TVや街中に仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、すべての行動が当局によって監視されている。

オセアニアの最大都市ロンドンに住む主人公Wは、真理省の下級役人として日々歴史記録の改竄作業を行っていた。過去の記憶は絶えず改竄されるため、その事実が存在したかどうかすら定かではない。Wは古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという、禁止された行為に手を染める(見つかると死刑)。ある日の仕事中、抹殺されたはずの3人の人物が載った過去の新聞記事を偶然に見つけたことで、体制への疑いは確信へと変わる。

「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性Jから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになる。古い物を売るCという老人の店(ノートを買った古道具屋)を見つけ、隠れ家としてJと共に過ごす。さらに、Wが話をしたがっていた党内局の高級官僚の1人Oと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白したエマニエル・ゴールドスタイン(モデルはれふ・トロツキー)が書いたとされる禁書をOより渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。ところが、こうした行為が思想警察であったCの密告から明るみに出て、Jと一緒にWは思想警察に捕らえられ、「愛情省」で尋問と拷問を受けることになる。最終的に彼は、愛情省の「101号室」(当事者の一番嫌なもので攻め立てる。Wの場合は鼠が苦手)で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑される日を想って心から党を愛すようになる。

なお、マンガ本編の後にも『ニュースピーク(新語法)の諸原理』と題された作者不詳の解説文が付いており、これが標準的英語の過去形で記されていることが、主人公Sの時代より遠い未来においてこの支配体制が破られることを暗示しているらしい。ニュースピークは、思考の単純化と思想犯罪の予防を目的として、英語を簡素化して成立した新語法である。語彙の量を少なくし、政治的・思想的な意味を持たないようにされ、この言語が普及した暁には反政府的な思想を書き表す方法も考える方法も存在しなくなる。

本書は、オセアニアではなく、イースタシア(中国)に起こったディストピアを予言している。2017年以降、推定180万人のウイグル人等のイスラム少数民族の人々が「思想ウイルス」や「テロリスト思考」をもっていると中国政府から糾弾され、地域全体にある何百もの強制収容所に連行されている。ウイグル人の10人に一人が収容され、再教育センターという名のもとに洗脳教育を受けている。漢民族以外に対して、「コミュニティ型警察活動」を展開し、一つの民族のアイデンティティ、文化、歴史を消し去り、何百万人もの人々を完全に同化させることを中国共産党は目指した。これもニュースピーク(新語法)の諸原理に当てはまる。監視システムはオーウェンの想像を超えて、2020年台では警察官たちが身分証明書をチェックし、スマートフォンで顔をスキャンして身元を確認し、強制的なメディカルチェックを行い、綿棒で口内をぬぐってDNAを採取し、採血して政府のデータベースと照合する。音声認識ソフトウェアで該当者を特定できる。外国人を嫌悪するヘイトスピーチに相当するものもある。

本書は、全体主義国家による近未来世界の到来を予告している。反全体主義、反共産主義、反集産主義のバイブルとなったのも頷ける。政府による監視、検閲、毛に主義を批判する西欧諸国の反体制派が好んで本作を引用している。本書を読んで、監視社会の恐怖を再認識した次第である。