Book Review 22-4環境 # 匂いが命を決める

 

『# 匂いが命を決める』(ビル・S・ハンソン著)を読んでみた。著者はスウェーデン生まれの神経行動学者。2006年よりドイツ最大の科学研究機関マックス・プランク化学生態学研究所の所長を務める。神経行動学的研究で知られ、とくに昆虫の嗅覚の研究で名高い。

 

私たちヒトはあまり嗅覚を頼らない。とは言え、最近ではCOVID-19罹患後に嗅覚が低下することが問題になっている。匂いは強く記憶と結びつき、過去の経験を呼び起こす。私の場合、消毒液の匂いを嗅ぐと幼年期に通院した診療所を思い出す。

嗅覚は、昆虫、動物、魚、草木、花など多様な生物の「生命維持」と「種族繁栄」に大きな役割を果たしていることが数々の研究の結果からわかってきた。近年、地球上の昆虫数が激減しているそうだ。その原因として、農薬・オゾン・気候変動等が嗅覚を妨害しているのではないかと推察されている。また、プラスチックがDMS (dimethyl sulfide)を発生させ、鳥たちに食物と勘違いさせて、害を及ぼしている。DMSとは、常温で液体、水に難溶の有機硫黄化合物。ジメチルエーテルの酸素を硫黄で置き換えた構造。 キャベツが腐った臭いとも表現される悪臭成分で、ミズゴケやプランクトンなどが作る物質でもある。

 

 本書では、様々な生物の嗅覚について書かれている。犬は人間の1万倍の嗅覚能力を持ち、散歩で個々の出来事を匂いで知る。鳩、アホウドリが進路を知る際には嗅覚が大きな役割を果たしている。鮭は故郷の川に産卵のために遡上して帰る時、その川固有の匂いの情報を思い出し、行くべき航路を見つける。ネズミにとって重要なのは匂いだ。匂いを嗅ぐための4つの器官がある。蛾の嗅覚閾値は低い。植物は互いの匂いを感知できる。植物は攻撃されると、被害を訴える一種の合図としてVOC’s(揮発性有機化合物)を放出する。ある二種類の作物をペアにして栽培すると害虫からの被害を最小化できるそうだ。ある種の蘭は昆虫の雌そっくりの匂いを持つように進化している。

 このような事実から私たちヒトは安易に環境を変える方策をとってはいけないのではないか、と思えてくる。害虫駆除のために農薬で環境を変えるよりも、二種類の作物をペアにして栽培するなどの本来植物に備わっている能力に期待した方がよいのではないか。ヒトは科学的発明を享受することによって、益々、五感の能力が劣化しているのではないだろうか。SDG(Sustainable Development Goals)には嗅覚に配慮することが欠かせない。