Book Review 9-26 医療 #おろそかにされた死因究明

 

『#おろそかにされた死因究明』(出河雅彦著)を読んでみた。著者は元朝日新聞青森総局長。著書に『ルポ 医療事故』(朝日新書科学ジャーナリスト賞2009受賞)。

 

介護施設で食事中に突然意識がなくなった入所者が救急対応の甲斐なく亡くなったとき、どのような死因を付けるのだろうか。その点について裁判で係争されて社会問題になった事例を深堀した報告である。

 

著者は医療事故についてたくさんのレポートを書いている。今回扱った「あずみの里」業務上過失致死事件とは、2013年12月に長野県にある特別養護老人ホームにおいて、入所者の女性が、おやつの時間中に突然意識を失い、回復しないまま一カ月後に死亡した事例である。検察は死因がおやつに提供されたドーナツによる窒息だとして、おやつを配膳した准看護師を業務上過失致死罪で起訴した。そして、一審の地裁は、「おやつの形態変更確認の義務違反」で有罪とした。

これでは世の施設介護者はいつ何時罪に問われてしまいかねないと恐れを抱いた。これが認められると、食べさせる努力が激減し、胃婁や中心静脈栄養の採用が増えてしまい兼ねない。しかし、東京高裁は判決(2020年7月)で、「(被告は)自ら被害者に提供すべき間食の形態を確認した上で、これに応じた形態の間食を配膳し、ドーナツによる被害者の窒息事故を未然に防止する注意義務があったということはできない」(判決文とは何とわかりにくいことか!)とし、「過失の成立を認めた一審判決の結論は是認することは出来ない」と逆転無罪を言い渡した。

裁判では、誤嚥によるものか、それとも脳梗塞によるものかという死因について意見が分かれた。問題発生時の事例者には、通常窒息に伴う苦悶の表情や動作が全く認められなかった。ドーナツを喉に詰まらせた結果の窒息死、という認定自体が正しかったか。他の可能性のある死因として、脳梗塞心室細動などの可能性が浮上した。しかし、判決では窒息説がそのまま採用された。従来繰り返し指摘されてきたことだが、検視と、死因究明のための解剖との間には、法律上も、実際上も非常に大きな距離がある。幾つか法改正は行われてきたが、現場を考えれば、それも無理ないことかもしれない。逆転無罪判決となった二審でも、この死因についての詮議は素通りされていると著者は嘆く。

最終章で、医学的見地から事件の問題点と教訓が語られている。嚥下リハビリテーションを専門とする福村医師によると、全世界の「食物による窒息死」の33%が日本で起きていることになっている(日本の人口は全世界の2%なのに)。これは医師も関係者全員が安易に究明手段をとることなく、死因を「食物による窒息死」を採用しているからであると警告している。「食物による窒息死」の診断基準がないそうだ。責任は施設にあると見做され糾弾される。「窒息の可能性がある」ことと、「窒息である」ことは大きく異なる。簡単に「窒息」と診断しない勇気と努力を期待したいと本書を締めくくっている。