Book Review 26-3ディストピア小説 #破滅の王

 

『#破滅の王』(上田早夕里著)を読んでみた。2003年小松左京賞を受賞し、2011年日本SF大賞受賞。18年には本書が第159回直木賞候補に。『#ヘーゼルの密書』、『#上海灯蛾』と併せて上海3部作と言われている。

 

 第二次世界大戦下を舞台にしたテーマが「細菌兵器開発」である。満州と上海の租界地区を舞台に、1930年代末期から40年代半ばまでの約9年間のある日本人科学者が産み出した新種の「細菌兵器(Rv2:キングと呼ばれる細菌を貪食する細菌)」をめぐる歴史小説である。

731部隊で悪名高い帝国陸軍軍医中将#石井四郎が登場する。関東軍防疫給水部本部で暗躍した人物たちがモデルである。実存する出身大学名や実名が登場するので、誰が架空の人物で誰が実在の人物かわかりにくいところがあるが・・・。戦時下の狂気が描かれる。捕虜を「マルタ」と呼び、人体実験を繰り返しながら生物兵器の研究を行っていた場面が何回も登場する。キングの治療薬開発する道と細菌兵器とする道。当時の最近開発史実が垣間見られる、巻末に関係者のその後が書かれている。

戦後の731部隊に関連して。

米国への資料提供(細菌兵器を用いた人体実験)の見返りに東京裁判で免責となり、隊員のほとんど裁かれることなく戦後社会の中に再び復帰した。一方、強制収容所で人体実験に従事していたドイツ人医師らはニュルンベルグ医師裁判などで裁かれている。そして、ドイツでは、ナチ時代の医学の批判をもとに編まれた「第三帝国時代の医学」と題する本が医学生の教科書になっているが、日本ではいまだに731部隊の存在を巡ってすら、医学会がはっきりと認める動向にはないそうだ。

1947年に設立された厚生省の国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)の歴代所長には、731部隊で人体実験に関与した医師が就任している。

1948年1月26日に帝国銀行に現れた男が、行員らを騙して12名を毒殺し、現金と小切手を奪った銀行強盗殺人事件が起こっている(帝銀事件)。画家の平沢貞通氏が逮捕され死刑判決を受けたが、獄中で無実を主張し続け、刑の執行がされないまま、1987年に95歳で獄死した。様々な状況(遺体から青酸化合物の検出、全員が一気に乾杯のように内服する731部隊が採用していた方法)から731部隊関係者の関与が強く疑われたが、突如、GHQから旧陸軍関係への捜査中止が命じられた(米国は開国以来一貫して自国の利害のためには他国(native Americanを含め)の国益を踏みにじる国であると私は理解している)。そのため、多くの謎が残り、未解決事件とされている(松本清張氏が謎に迫るべく『#小説帝銀事件』を執筆している)。

1950年、元731部隊の中枢にいた陸軍軍医学校教官の内藤良一(元軍医中佐)が創業した製薬会社ミドリ十字に多くの731部隊員が就職していた。

1996年の#薬害エイズ事件(感染者2000人以上というエイズ事件)で逮捕された阿部英(元帝京大副学長・731部隊の関係者の一人)に対して、無罪判決が出た。1983年以降、非加熱製剤の安全性に国際的にも疑問が出ていたのにも関わらず眼前の血友病患者に対して、ミドリ十字の非加熱製剤を打ちつづけた。一部のマスコミが731部隊ミドリ十字の歴史的経緯に着目し、日本の戦後医学会における人体実験体質に言及したが、ドイツのようには世間に周知されていない。

『ヘーゼルの密書』、『上海灯蛾』も札幌市立図書館に予約しているので併せて読んでみたい。