Book Review 11-1満州中国東北部)を扱った小説 / 蒼穹の昴・他

 

満州中国東北部)を扱った浅田次郎作小説14冊を読んでみた。本の解説をまとめると以下のようになる。

中国清朝末期から1950年までの中国の内情がよく描いた大作である。

蒼穹の昴』で北京を舞台に、西太后時代を描く。中国清朝末期、貧しき糞拾いの少年・春児を中心にした4部作である。占い師の予言(汝は天下の財宝を手中に収むる)を信じて、科挙の試験を受ける幼なじみの兄貴分・文秀に従って都へ上った(春児と文秀はこのシリーズの最後まで登場する)。しかし、官吏となり政治の中枢へと進んだ文秀と袂を分かち、春児は、宦官として後宮へ仕官する機会を待ちながら、鍛錬の日々を過ごしていた。この時代、大清国に君臨していた西太后は、観劇と飽食とに明けくれながらも、人知れず国の行く末を憂えていた。権力を巡る人々の思いは、やがて紫禁城内に守旧派と改革派の対立を呼ぶ。

清国分割を狙う列強諸外国に、勇将・李鴻章が知略をもって立ち向かう。だが、かつて栄華を誇った王朝の崩壊は誰の目にも明らかだった。権力闘争の渦巻く王宮で恐るべき暗殺計画が実行に移され、西太后の側近となった春児と、革命派の俊英・文秀は、互いの立場を違えたまま時代の激流に飲み込まれる。天下を覆さんとする策謀が、春児を、文秀を、そして中華四億の命すべてを翻弄する。この道の行方を知るものは“龍玉”のみ。日本における三種の神器(草薙の剣、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま))のように皇帝になるのに中国では龍玉がいるらしい。

 

続いて『珍妃の井戸』(清朝最末期の紫禁城の奥深くでひとりの妃が無残に命を奪われた謎。義和団の乱を描く一作)を挟んで、『中原の虹』4部作が『蒼穹の昴』の流れを、すなわち、舞台を満州に移し、張作霖が東北王となり、長城を越えるまでを描く。

「汝、満洲の覇者となれ」と予言された貧しき青年、張作霖。のちに満洲馬賊の長となる男は、国の未来を手に入れるのか。隠された王者の証「龍玉」を求め、壮大な冒険が幕を開ける。偉大なる母、西太后、死す。「この国は私が滅ぼす」。単に関東軍に殺害されたとしか知らなかった張作霖がこの時代・この地域の英雄であることを知った。

相次ぐ革命勢力の蜂起に、一度は追放した袁世凱を呼び戻す皇族。だが俗物、袁世凱には大いなる野望があった。満洲では張作霖が、まったく独自の勢力を形成していく。龍玉を握る張作霖は乱世を突き進み、新しい時代が、強き者の手で拓かれる。最後の宦官になった春児と、馬賊の雄・春雷。極貧の中で生き別れた兄弟は、ついに再会を果たし、祖国は梁文秀の帰国を待ち望む。龍玉を握る張作霖。王座を狙う袁世凱。正義と良識を賭けて、いま、すべての者が約束の地に集う。ついに歴史が動く。宋教仁と張作霖が印象的である。日本陸軍に爆殺された張作霖が魅力的に描きだされている。立場は違っても中国人民のために尽力する二人。孫文には力がなく、袁世凱には人望がなかった。

 

『マンチュリアン リポート 』は、1928年6月4日未明、張作霖を乗せた列車が爆破された事件を描く。

 

最後に『天子蒙塵』 4冊が続く。溥儀と張学良が都を追われながら、溥儀が満州皇帝として即位するまでを描く。

清朝最後の皇帝・溥儀は、王朝再興を夢見ていた。イギリス亡命を望む正妃と、史上初めて中華皇帝との離婚に挑んだ側妃とともに、溥儀は日本の庇護下におかれ、北京から天津へ。一方、父・張作霖の力を継いだ張学良は失意のままヨーロッパへ。ラスト・エンペラー・溥儀と二人の女。時代の波に呑み込まれた男女の悲劇と壮大な歴史の転換点を描く。父・張作霖を爆殺された張学良に代わって、関東軍にひとり抗い続けた馬占山。1931年、彼は同じく張作霖側近だった張景恵からの説得を受け、一度は日本にまつろう。一方、満洲国建国を急ぐ日本と、大陸の動静を注視する国際連盟の狭間で、溥儀は深い孤独に沈み込んでいた。

運命に導かれ、それぞれの楽土を目指す。満洲の怪人・甘粕正彦男装の麗人川島芳子、欧州に現れた吉田茂。昭和史最大の事件「日中戦争」前夜、大陸に野望を抱き、夢を掴もうとする者たちが動き出す。そして、希望の光をまとい、かつての英雄が中原のかなたに探し求めた男がついに現れた。

満洲でラスト・エンペラー・溥儀が皇帝に復位しようとしている。そんななか、新京憲兵隊将校が女をさらって脱走する事件が発生。欧州から帰還した張学良は、上海に襲い来る刺客たちを返り討ちにしていた。一方、日本では東亜連盟を構想する石原莞爾関東軍内で存在感を増しつつあり、日中戦争突入を前に、日本と中国の思惑が複雑に絡み合う。満洲に生きる道を見いだそうとする正太と修の運命は。長い漂泊の末、二人の天子は再び歴史の表舞台へと飛び出してゆく。

 

『兵諌 』日本で二・二六事件が起きた1936年。中国の古都、西安近郊で、国民政府最高指導者、蒋介石に張学良の軍が叛旗を翻すクーデターが発生。蒋介石の命は絶望視され、日米の記者たちは特ダネを求め、真相に迫ろうとする。日本では陸軍参謀本部という秘密の匣の中で石原莞爾が情報を操っており、中国では西安事件軍事法廷で、張学良は首謀者ではないとする証言がなされた。現代中国の起点となった事件の現場に起つ救世主は誰か。

 

参考として映像2編。

『ラスト・エンペラー(ディレクターズカット版219分)』(ベルナルド・ベルトルッチ監督、1987年)のDVDを購入し観てみた。1950年の中華人民共和国に囚われて収容所を移送される場面と1908年3歳で清王朝の皇帝に即位した場面が交互に映像として流れる。後半、日本軍の南京虐殺、細菌作戦、天皇の敗戦玉音放送などの記録映像も流れる。溥儀の亡くなる前に、毛沢東の指導で紅衛兵が跋扈し、溥儀を断罪した収容所長に暴虐を加える。新たな権力者が前権力者を追い詰めてゆくという繰り返す歴史。

 

紫禁城 中国‘’最強‘’皇帝の秘めたる園』NHK制作(2022年2月19日放送)。浅田次郎が出演し、紫禁城文化遺産を見ながら乾隆帝の時代を解説している。