Book Review 35-1 仕事 #この世にたやすい仕事はない

 

『#この世にたやすい仕事はない』(津村記久子著)を読んでみた。

 

著者は、デビュー作で太宰治賞。 2009年、工場で働く若者を描いた「ポトスライムの舟」で芥川賞。短編集「浮遊霊ブラジル」で紫式部文学賞。最近では『水車小屋のネネ』が話題になっている。

 

自分の仕事の日常を他人に面白おかしく伝えることができるだろうか。著者の単純で退屈そうな仕事をこんなに面白く書けるところに感服してしまう。本書は36歳の女性主人公が、異なる5つの仕事を経験する連作短篇である。

 

主人公は落ち込んでMSWをやめてしまう。就職斡旋所で最初に紹介されたのが見張りの仕事。モニターテレビに映る、在宅で仕事をしている小説家Yを見張るというもの。このYが密輸品の何かをそれとは知らずに預かっている疑惑がかかっており、その証拠を押さえるのが目的だった。録画を早送りで観てはいけない決まりがある。(踏み込んで捜査した方が早いだろうと突っ込みを入れたくなるが)。Yを監視しているうちにYが見るもの、聞くもの、食べるもの、好きな映画や音楽などのディテールを微に入り細に入り描写し、ついにYと同じ趣向にのめり込んでしまう。こんな仕事があったらおかしいが、主人公ののめり込み具合がただ事ではなく、笑いを誘ってしまう。

続いて斡旋されたのは循環バス「アホウドリ号」の広告アナウンス文の作成業務である。上司からは「Eという同僚の女性社員を見張ってくれ」という奇妙な注文をつけられる。かなり長めの文章に工夫をこらすが、アナウンスの終了前に次の停留所に着いてしまわないか心配になる。

次が創業40年の米菓の製造業者での業務。おかき(おふじさん)の小袋の裏に書かれている豆知識情報を作成してほしいというもの(「おーい、お茶」の投稿俳句掲載のようなものか)。「おだやかアドバイス」という相談コーナーを提案したところ、採用されて商品がヒット。しかし、社長が常連投稿者のフジコという年増の女性を連れてきたことで状況が一変する。

次に紹介されたのは官公庁から依頼されたポスターの張り替え作業。Mというデザイナーの下での仕事だったが、そのポスターを巡って「さびしくない」というポスターを使って住民を勧誘するオウム真理教もどきの存在を知る。相手のポスター剥がしの行動に駆り立てられてゆく。さあ、どうなる。

最後に紹介されたのは、大林大森林公園(オオバヤシ・ダイシンリン公園)の奥にある小屋での事務仕事。自然に恵まれた環境ではあったが、何もすることがない。公園内を何日も散策するうちに、正体不明の誰かがこの森に住んでいると確信する。誰がいるのか。

どれも変わった仕事である。2017年にNHKでテレビドラマ化されている。全8回で放送(2話から5話を前後編で)。NHKアーカイブで視聴できるようだが、「見張りの仕事」は映像化されていない。一番面白いのに・・・。

 著者の作品には夫婦でハマっている。

『つまらない住宅地のすべての家』(NHKでドラマ化した。小説よりわかりやすかった)、『現代生活独習ノート』もお勧め。