Book Review 24-6歴史 #地政学入門

 

『#地政学入門』(佐藤優著)を読んでみた。

 

著者は作家・元外務省主任分析官。1985年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア連邦日本国大使館勤務等を経て、本省国際情報局分析第一課主任分析官として、対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害罪容疑で東京地検特捜部に逮捕され、以後東京拘置所に512日間勾留される。2005年に発表した『国家の罠』で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。2023年6月に生体腎移植手術(ドナーは妻)を受けている。

 

2023年11月30日のPrimary Care Lecture Seriesで、北海道パレスチナ医療奉仕団の猫塚義夫氏から「ガザの、パレスチナの命を救え」と題したガサ地区の悲惨な医療事情が報告された。ナチス政権からホロコーストを受けたユダヤ人の国家・イスラエルパレスチナでジェノサイドを行っている。なぜこうなってしまうのだろうか。

約100年前の1916年、英国はドイツの同盟国のオスマン帝国(「瀕死の病人」と呼ばれ、トルコ人とアラブ人が7割を占め、クルド人ユダヤ人・少数民族 も暮らす多民族国家)を狙って破壊工作を仕掛けた。その作戦から砂漠の英雄の伝説(#アラビアのローレンス、『アラビアのローレンス』として1962年に映画化)が誕生することとなる。

 英国はアラブ民族の独立運動に目をつけて、その動きを焚きつけて内部からオスマン帝国を倒そうとする(狙いは大規模油田)。英国はアラブの有力者と密かに接触し、武器と資金を提供し、オスマン帝国打倒を持ち掛けた。その任務にあたったのがアラビアのローレンス。英国はファイサルにオスマン帝国を倒した暁にはアラブの独立国を作ると約束した。約束を信じたファイサルは反乱軍を組織した。実は英国はアラブ建国を約束する裏でフランスと密約を交わし、戦後オスマン帝国を分け合うことを企てていた。しかも英国はこの地にユダヤ人にも国を作る約束もしていた(ロスチャイルドなどユダヤの資本家からの資金確保のため)。ローレンスは英国の真の目的を隠しながらアラブを助けていた。そして、1918年10月、ドイツの同盟国オスマン帝国が降伏する。そしてファイサルは凱旋した。しかし英国はファイサルにその約束を果たせないことを初めて直に伝える。大戦が終わるとアラブへの攻撃が始まる。大戦中には同じ陣営にいたフランスによる容赦ない空爆によりアラブの独立は幻に終った。ファイサルは連合国に利用された末に見捨てられた。英国軍がパレスチナ(住民の9割はアラブ人)占領。世界中からユダヤ人がパレスチナ を目指した(イスラエル建国)。アラブ人が一度は独立を夢見た土地にユダヤ人が根を下ろす。現存する100年前の映像ではアラブ人とユダヤ人が肩を組んで祭日を祝っていたのに。21世紀の今も続く憎悪の連鎖はここから始まった(諸悪の根源は英国の二枚舌)。

 さて、本書を手に取ったきっかけは、山内昌之氏の『#歴史を知る読書』の中で佐藤氏の著書を褒めていたからである。

地政学」とは耳慣れない言葉である。現在の国際状況を分析するには、イデオロギーではなく、地理的な要素から国の姿を明らかにする「地政学」がその解明に役立つ時代となった。

 地政学とは、国の特性や政策を地理的な要素から研究する学問のことである。1916年にスウェーデン政治学者、ルドルフ・チェーレンによって提唱された。 現代においても地政学は、国際政治やグローバル経済における国家の行動を説明するものとして重視されている。著者は、ハルフォード・マッキンダーハートランドHeartland論の提唱者)の著作の購読を勧めている。この根幹は、ハートランドを制する者が世界を制するというもの。一つはユーラシア。もうひとつはサハラ砂漠の下の南アフリカ。(詳細を知りたくなり『マッキンダー地政学』の予約を札幌図書館に入れた)。読んでみよう。

 

本書は5回にわたる講義をまとめたものである。地政学ナチスと結びつけて考えられることが多く、戦後はどこかタブー視されていて大っぴらな研究もされていなかったらしい。フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』で自由民主主義と自由市場を文化的進化の終着点かつ政府の最終形態として説明し、共産主義は消滅して資本主義に収束し、イデオロギー対立は消滅したと考えた。しかし、時代が変わっても変わらないのが地理。イデオロギー対立がなくなり、地政学が前景化した。そこで国際政治・国際社会を理解する上で、歴史はもちろんのこと地理も重要だということが認識されるようになった。地政学は、二次元ではなく三次元で見ること、山の高さが重要と認識する。 それに加えて、人種と宗教でみていくという独自視点を著者は取り入れている。「山の周辺地域を巨大な帝国が制圧して、自らの影響下に入れることは難しい」そうだ。著者は、米国の対タリバン戦争敗北は、地政学を軽視した結果で、山を軽視したからだという。ロシアがチェチェンで紛糾したのはチェチェンが山だからである。中国の新疆ウイグルの問題が深刻なのはそこが山だからである。地図を三次元で読むことが重要である(平地なのか山なのかを判別する)。ドイツ人は3次元で地図が読めるそうだ。また、宗教は重要な地政学の要因であり、人種の違いも地政学の要因である。(著者が初心者向けに『ふしぎなキリスト教橋爪大三郎著を勧めているので予約した)。

 

著者は国家を海洋国家と大陸国家に分けて分析している。この辺の理論から、幕末から明治維新にかけての西洋列強との結びつきの分析が興味深い。日本は海に囲まれているので海洋国家。海洋国家の最大の敵は海洋国家である(そこで敵にしないために日英同盟を結んだそうだ)。海洋国家と大陸国家は手を結ぶことができる(ロシアが海洋政策を進めたため、日本との関係が悪化し、日露戦争となった)。米国の南北戦争と薩摩の西南戦争の関連も興味深い(米国で余った最新式の武器が日本の政府軍に流れた)。

 

大陸国家では緩衝地帯が重要性だそうだ。直接隣接すると攻めつぶされてしまいかねない。ロシアのウクライナへの動きや中国の新疆ウイグルへの動向にはこの点を考慮する必要がありそうだ。

 

最後に教育の重要性を強調している。国旗・国家が形成されても民族は形成されないそうだ。善悪は別にして民族が形成されている国としてイスラエルを著者は挙げている。母語で教育することが重要だそうだ。イスラエルはほとんどの人が、英語ができるのに、本もSNSヘブライ語を使っているそうだ(古代言語を現代に蘇らせて、公用語としたのだ)。日本も英語教育よりも、しっかりとした日本語教育を基本にしてゆくことを強調している(必要に応じて英語を学べばよいという意見である)。

 

世の中の動きを分析するのに、理論武装する重要性を痛感した。

<おまけ>

日本は死刑を行っているが、死刑を廃止している国は多い。死刑を廃止している国は、国にとって害となる者は、根源を断つために現場で射殺する方針をとっているという。加害者に人権はない。一概に死刑廃止も難しいか・・・。