Book Review 27-5ノンフィクション #イラク水滸伝

 

『#イラク水滸伝』(高野秀行著)を読んでみた。著者は、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」ノンフィクション作家である。主な著書に『アヘン王国潜入記』、『巨流アマゾンを遡れ』、『ミャンマーの柳生一族』、『異国トーキョー漂流記』、『アジア新聞屋台村』、『腰痛探検家』、『西南シルクロードは密林に消える』『怪獣記』、『イスラム飲酒紀行』、『未来国家ブータン』など、誰も行かず、書かないような本ばかりである。

本書はイラクの巨大湿地帯〈アフワール〉の調査紀行である。アフワールは、権力に抗うアウトローや迫害されたマイノリティが逃げ込む場所であり、そこをイラクの「水滸伝」と見立てて話を進めてゆく。

水滸伝』とはどんな話か。中国四大奇書の一つ。私は北方謙三氏の『水滸伝』(原作をかなりアレンジしているらしい)を読んでいる。北宋末期の中国(汚職・不正がはびこる世の中)が舞台である。様々な事情で世間からはじき出された好漢108人が、大小の戦いを経て梁山泊と呼ばれる自然の要塞に集結し、政府軍と戦い滅びてゆく物語である。ちなみに梁山泊の泊とは湖や池、つまり船着場のことであり、湖水にぐるりと囲われた住みかを梁山泊といった。わが国でも酒飲みの溜まり場を梁山泊といっているのを見かける。

 

イラクとは、荒涼とした砂漠の地かと思っていたら、巨大湿地帯があり、そこに体制から迫害された人々が千年以上前から逃げ込んで暮らしているという。そこは馬もラクダも戦車も使えず、政府軍勢は入れず、境界線もなく、迷路のように水路が入り組み、方角すらわからない地なので、逃げ込んでレジスタンス活動をするには絶好の場となる。
 このような湿地帯として、ベトナム戦争時のメコンデルタ、イタリアのベニス、ルーマニアのドナウデルタなどが挙げられるという。

 

ここでイラクとはどんな国か調べてみた。イラクは中東に位置し、冬の積雪が厳しい急峻な山岳地帯や、南部に広がる湿地帯などの多様な自然生体環境がみられる国である。 北東部には山脈がトルコとイランの国境にそってそびえたっている。イスラムシーア派スンニ派のアラブ人と、クルド人が3大勢力である。 南部に多いシーア派アラブ人はイラク全人口の約60%、中西部に多いスンニ派アラブ人は20%、北部で多数を占め自治区を維持してきたクルド人は15%。日本政府は、イラクを全土が最大の警戒を要する「渡航を取りやめてください:Do not travel」に設定している。 

 

著者はこの巨大湿地帯に出かけることを思い立つ、しかしコロナウイルス感染症が世界的に蔓延し、折角の準備が水の泡となりかけるが、イラクコロナウイルス感染症が落ち着いたということで渡航許可が下りる。

 

行ってみて、様々な人々に出会う。謎の古代宗教を信奉するマンダ教徒。(イラク南部およびイラン南西部に現存する一宗派。他のグノーシスと異なり,浸礼を重視,イエスを偽預言者とするが, ヨハネは尊敬する)。

そこで生きる住民マアダンは他者から差別されているが、水牛と共に生きており、SDGs(Sustainable Development Goals)の叡智を持っている。
 妻を複数抱えるには膨大なお金がかかるが、貧乏な男には金がない。しかし、そこは民族誌的奇習「ゲッサ・ブ・ゲッサ」で解決する。等価なもの同士で交換するのだ。すなわち、娘どうしを妻として交換している。
 現地のソウルフードの作り方や味わい方を知ることも楽しい。織物アラブ布の作り方の探索にも章を割いている。

想像をはるかに超えた未知の世界への旅の様子が書かれている。苦労を苦労とも思わない、旅・生活をエンジョイしているところが素晴らしい。別の著作も読んでみたくなる。