Book Review 9-21 医療 #患者の話は医師にどう聞こえるのか(What Patients Says, What Doctors Hear)

 

著者はダニエル・オーフリ、内科医。ニューヨーク大学医学部臨床教授。同じ著者の本、『医療エラーはなぜ起きるのか』を以前レヴューした(Book Review 9-12 医療 #When we do harm)。

 

本書は20歳代女性Mと彼女を担当する主治医のやりとりを織り交ぜながら進行してゆく。Mさんは普通に生活するだけですぐ怪我をするし、関節がいくつも脱臼する。様々な消化器症状に悩まされる。体の成長が止まらず、背が高くやせ形の体型である(大動脈や骨格、皮膚、眼、肺、硬膜など体のさまざまな部位の結合組織が脆くなるマルファン症候群を私は思い浮かべた)。複視、頭痛、尿路感染症、出血性卵巣嚢腫も起こしている。主治医とは意見を異にするが、自分の意見を押し通して、定期的にγグロブリンの点滴や週3回の血漿交換療法、シクロホスファミドを使用している。Mさんは「扱いにくい患者」かつ「自分で決められる患者」でもある(ほとんどの医師が主治医になることを断り、意見の衝突を繰り返しながらも現在の主治医に落ち着いている)。本書を執筆開始した時点では暫定的に若年性特発性関節炎という診断がついていた。その後、大手術を17回受け、視力障害、腸管出血を起こし死亡している。エーラス・ダンロス症候群で神経ベーチェット病と最終的に診断される。

 

43歳男性で重度の心臓病を持つ患者と著者とのやりとりから始まる。ペースメーカー・除細動器を付け、ICUへの複数回入院している。予約なしでいつも受診するので、著者のイライラが募る。患者の方は、心の奥ではいつ心臓が止まるかもしれないという恐怖におびえていた。

著者は振り返る。医師は自分の要求よりも患者の要求を優先しなければならない職業であるが、時間を守らない患者の態度に怒りが沸いた。患者が語るストーリーと医師が語るストーリーは同じではない。医師の方も、患者のストーリーを解き明かす困難さに欲求不満を募らせる。

患者が最も怖れるのは、主治医に話を聞いてもらえず、そのために必要な医療が受けられないことだ。患者には語るべきストーリーがあり、医師の方は主訴を見定めようとしているため、大抵12秒以内に話の腰を折る。話をよく聞くと言われている総合診療医でも平均23秒で話の腰を折るそうだ。

 

最近は診察時間が短くなり、身体所見にかける時間が減ってきた。身体診察のときにだけ患者が本心を明かしてくれたと著者は振り返る。

異なる二つの視点を同時に調べる試みが記されている。医師が患者の話に割り込まないと、患者の独白の長さの平均は92秒であった(数十分も続くのではないかとはじめは恐怖していた)。その結果、「単に会話しただけなのだけど、気分が晴れました」と患者は話す。全部を話すことで医師も気分が晴れるし、受容的になる。また、患者の話の内容を確認すると、聞き手が関心を持っていると話し手に知らせてくれることになる。そして情緒面の反応性を示す発言も増加する。

 

医師と患者のコミュニケーションは4つのタイプに分類される。

  • 狭義の生物医学的:すべてが医学的問題:患者からは最低評価
  • 広義の生物医学的:多少心理・社会的問題に踏み込む
  • 生物・心理・社会的:バランスが取れている
  • 消費者利益優先:患者が質問し、医師は情報の提供に時間を費やす

 

私は「この1カ月の調子はどうでしたか」と訊いた後は、患者の好きそうなテーマについて話をして外来を終了している。猫好きの人には猫の話、旅好きの人には旅行の話、映画や本が好きな人には最近の映画や読書の話、等々。これはソクラテスの言うところの「不知の自覚」の応用である。「私は医学の知識は十分にありますが、あなたのことについては何も知りませんので、是非聞かせてください」と。

 

患者はどのくらい医師の指示を守っているか(アドヒアランス)調べると50-70%だそうだ。そして患者は指示に従っていないことを認識しているという。病気や治療に対する知識の欠如はないが、この点については会話の中に出てこないらしい。医師が、事実を繰り返し叩き込む戦略を使っても望ましい結果が得られることはほとんどない。

医師患者間の非対称性は明らかである。診察の開始時点では患者に主導権があるが、数分(数秒)後には医師側が主導権を奪い、会話を特定の方向に誘導する(狭義の生物医学的)。

 

医師の話し方について。腹部手術を受けた100人をランダムに振り分けた。余分の話し合いを持った群のほうがこれまでと同じ対応をした群より痛みが少なかった。また、鎮痛薬が半分になり、3日早く退院している。逆に痛み止めを打ったのに、打たなかったという情報を与えると、強力な静脈内麻薬の生物学効果をブロックした。このような事例から推測されることは、シャーマンや霊能者の癒しの説明になるかもしれない。

 

実験であるが、熱心に話を聴いてもらっているという設定にして、相手が言いたいことをすべて言い終えるまで遮らないことにする。一般に、聞き手の注意が削がれる(聞き手が別のことを考える、ある言葉の出現回数を数える等)と、話し手はクライマックスで言いよどむそうだ。実は、聞き手がストーリーを生き生きしたものにしているのだ。話(ナラティブ)は話し手と聞き手との共同作業なのだ。医師と患者のコミュニケーションは、情報が行き来する対面通行の道路と考えることができる。

 

退院時、半数の患者が自分の病名を知らない。主治医の名前を言えるのは18%で、看護婦の名前を言えるのは60%である。医師の卵は「病歴を聴取する」ことを教わるが、看護婦は話し相手として接する。情報を要約し、患者にメモをとるように促し、重要な点の言い直しをさせる方法がよいのだが、医師はこの方法を用いない。患者の言ったことを医師がどれだけ覚えているかを調べた研究はない。思い出せるのは、現病歴と社会歴だけのようだ。

医師と患者の最初のやりとりが、診察のその後の空気を決める。何か言い忘れていることがないかを訊くことや診察が終わって出てゆく間際に言い出しにくい内容を患者が尋ねる行為(ドアノブ症候群)を尊重することもコミュニケーションをよくするために重要である。

 

医療訴訟の3/4は「問題の関係が争点となった」

  • 医師がうまく情報を伝えなかった
  • 医師が患者の意見に耳を傾けなかった
  • 医師が患者の視点を理解しなかった、の3つのパターンがある。

コミュニケーションを改善すれば訴訟の2/3はなくなる。訴訟経験がない医師は、患者と過ごす時間が20%長かった。訴訟経験のある医師は、権威的響きがあり、憂慮と温かみの点数が低かった。また、ミスを犯した本人が、個人的にミスを認め、責任をとり、なによりも謝罪することが重要である(完全開示と謝罪)。

 

 現在、医療情報をアップデートし、治療技術を磨くことはもちろん重要であるが、医療の原点にかえって、患者とのコミュニケ‐ション能力を刷新することが喫緊の課題かもしれない。