Book Review 26-6ディストピア小説 #上海灯蛾

 

『#上海灯蛾』(上田早夕里著)を読んでみた。これまでは『火星ダーク・バラード』や『華竜の宮』、『リラと戦禍の風』など、SFやファンタジーが主分野。本書は『#破滅の王(2017)』、『#ヘーゼルの密書(2021)』と併せて上海3部作と言われている。『ヘーゼルの密書』(女性通訳者を軸にした幻の日中和平交渉)よりも先に借りることができたので、本書を先にレヴューする。

 

戦争というと列車や建物爆破、戦闘シーンを思い浮かべるが、本書は戦争の資金調達に焦点を当てている。戦争を支える裏側を描いたとも言えよう。ここで資金となるのは阿片と芥子の種である。戦火の迫る中国大陸において、阿片売買による莫大な富に人々が群がる。その醜悪な姿を灯火に惹き寄せられる蛾のようだとして「灯蛾」と表現している。

舞台は1934年の上海。そこに成功を夢見て租界地に渡航してきた日本人青年J。Yと名乗る女から極上の阿片と芥子の種が持ち込まれる。Jは上海の裏社会を支配する組織の一員Yaに渡りをつけるが、その後、阿片ビジネスに引き摺り込まれてしまう。やがて、上海では第二次上海事変が勃発。関東軍と中国闇組織との間で、阿片をめぐって暗闘が繰り広げられる。Yが持ち込んだ新品種は関東軍が開発に絡んだものらしく、関東軍から阿片と芥子の種の行方とともにJは執拗に追われる。JとYaは上海での活動に限界を感じて、ビルマの僻地を開墾して阿片芥子の栽培をし、その周辺でのモルヒネとヘロインの流通を目論む。そんな中での極端な愛国心に囚われた青年との軋轢なども挿入されている。Jたちは莫大な資金を調達して、幸せになれたのか?

 資金の乏しい日本陸軍がなぜ中国大陸に長期間侵略できたのか、少しわかった気がする。世界中で麻薬が流布している状況を考えるとき、裏社会の資金が政治を動かしているかもしれないと勘ぐってしまう。

 

そこでネットで検索すると、亜細亜大学特任講師の福海さやか氏が「コカイン産業-麻薬密輸組織の影響力」等で以下のように述べている。麻薬は人間一人ひとりの生存や生活を脅かすだけでなく、麻薬産業が国家の存続をも揺るがすほどの影響力を持っている。日本も、安全保障な観点から考えて、「脅威」と認識し、国として対応する必要がある。実際、麻薬密輸組織が横行し、政治家や法曹家が脅迫され、賄賂によって取り込まれる例は後を絶たない。また、麻薬密輸組織の多くは、密輸で得た資金をメディアや交通、ホテル、飲食店などの合法ビジネスに転用し、都市機能の多くを掌握してしまうことさえある。さらに困るのは、不法に得た資金を元に貧困層への援助など福祉・チャリティを行うことである。それによって市民の支持を獲得し、経済力の弱い国や自治体に対する信頼を揺るがすこともある。その他、ゲリラなどの反政府組織と連携し、国家にとっての脅威を拡大させる負の連鎖も生まれている(コロンビア)。またメキシコでは、政府と麻薬密輸組織との「戦争」が勃発した。6年間にわたって麻薬密輸組織の摘発・粛清を行う中で、警察や政治家、ジャーナリスト、一般市民まで約7万人が犠牲になったといわれている。

ゴッドファーザー(The Godfather)1972年米国、トラフィック(Traffic)2000年米国、そして、ひと粒のひかり2004年米国・コロンビア合作、ナルコス(Narcos)2015年米国(Netflix)、エル・チャポ(EL Chapo)2017年米国(Netflix)等の画像情報が文末に挙げられている。