Book Review 9-20医療 #くもをさがす

 

『#くもをさがす』(西加奈子著)を読んでみた。著者は、父親の海外赴任地のテヘランで生まれ、イラン革命が起きた2歳のときに帰国し、大阪で育つ。『サラバ!』(2014年)で直木賞を受賞。作家として活躍しながら2019年に2年間の語学留学として夫と子どもとカナダ・バンクーバーで暮す。2021年、浸潤性乳管がんという病気が見つかった。本書は8カ月にわたる闘病をつづった著者初のノンフィクション作品である。

 

海外で突然乳がんが見つかり、様々な障害に会い、不安を抱えながら治療に取り組む姿が赤裸々に描かれている。

 

カナダで南京虫(事実は蜘蛛)に刺されて総合診療医を受診した。ここで著者は蜘蛛がおばあちゃんに見えてしまう(これがタイトルに繋がっているのか?)。この時右の胸にしこり(よく動く、径1㎝)があることを医師に相談した。そしてマンモグラフィ、針生検を施行される。結果(浸潤性乳管がんという病気)を何と電話で宣告された。紹介されたがんセンターとうまく連絡が取れない(連絡システムの不備や連絡ミス)。連絡をしてくれた医師から「triple negative」な乳がんと言われた。エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体、HR2たんぱくが存在しないがんである、と。このタイプは乳がん全体の15-20%を占め、予後が悪く、再発率が高い。引き続きPET、MRI、針生検が行われる。

 

私はここで「早期トリプルネガティブ乳がんの治療」をインターネットで調べてみた。1)腫瘍の大きさが2㎝以上あるトリプルネガティブ乳がんには術前化学療法を(第一選択として)考慮する。2)大多数の患者さんにはアントラサイクリン系とタキサン系の逐次レジメンが推奨される。3)術前化学療法において週1回のナブパクリタキセルがパクリタキセルに代わる可能性がある。4)術前化学療法においてプラチナ製剤(通常はカルボプラチン)の追加が考慮される。5)アントラサイクリンが適合しない患者さんに対しては、カルボプラチン+ドセタキセルが代替レジメントして考慮される。6)標準的な術前化学療法で病理的な腫瘍の消失が得られないハイリスクの患者さんには、術後にカペシタビンを6~8サイクル追加することが考慮される。7)近い将来、デュルバルマブ、アテゾリズマブ、ペムブロリズマブなどの免疫療法剤を術前療法として考慮する必要がある。8)TILが30%以上のステージ1乳癌のような特殊な症例では、レトロスペクティブのデータをもとに化学療法を省略することも考慮される。9)Luminal androgenサブタイプに対する抗アンドロゲン剤、BRCA1/2病的変異例に対するPARP阻害剤を用いた新しい臨床試験が必要である。

その後、吐き気止めを内服しながら抗がん剤治療を開始。3週間の1タームを計8ターム続ける。毎週パクリタキセルを投与され、3週間に1度、カルボプラチンの同時投与される。後半の4タームはAC療法(シクロホスファミドとドキソルビシン)となる。

3回目の治療後、髪が落ちる(鼻毛と陰毛も)ため、坊主頭になる。吐き気、倦怠感、口内炎、動悸等の副作用に襲われる。

後日、生検の結果が伝えられる「リンパ節に転移し、肺にも影ある」と。BRCA2の変異遺伝子が認められた(アンジェリーナ・ジョリーはBRCA1の変異遺伝子)。反対側への転移の可能性は80%。再発の可能性も高い。

 

食事の準備が大変のため、宅配サービスを利用する。

治療中に子どもの発熱、夫の胆石、交通事故、友人の事故死、飼い猫がトキソプラズマ症になる事態に遭遇する。

抗がん剤の副作用で白血球が減少する。造血剤のフィルグラスチムが届かず、1日接種が遅れる。その後、発熱で救急受診したところ、コロナ陽性と判明。

「どうして私が」という思いが吹っ切れない。ソトロビマズの点滴が開始され、最後の抗がん剤はキャンセル。瞑想を続ける。

再発と反対側乳がんの予防のため両側乳房切除+3か所のリンパ節切除を受ける。なんとカナダでは術後直ぐ退院となる(日帰り手術)。後日に乳房、卵巣、子宮を取るのだろう。

著者はここで確信する。身体的な特徴で、自分のジェンダーや、自分が何者であるかを他者が決める謂れはない。自分が、自分自身をどう思うかが大切なのだ。

治療はまだまだ終わらない。一時日本に帰国する。その後、3週間にわたる放射線治療。息子が熱性けいれんを起こす。

ある癌患者の証言が引用される。「私が辛かったのは、がんが治ったあとのことでした」。自分の恐怖を、誰かのものと比較する必要はない。怖いものは怖いのだ。

 

 ここには医療者側が知りえない、苦悩を抱えた患者のストーリーが語られている。当たり前なのだが、医療者側の思いやストーリーはあまり出てこない。

そこで、次回は、医療者の側の話も出て来る本を読んで、「患者の話は医師にどう聞こえるのか」を考察してみたい(Book Review 9-21 医療 『患者の話は医師にどう聞こえるのか』を参照)。