Book Review 16-7 人物 #ゼレンスキー

『#ゼレンスキーの素顔』(セルヒー・ルデンコ著)を読んでみた。

彼は大統領就任前は国民に愛される人気俳優であった。『国民の僕』(民衆の天敵である権力者をやっつけるドラマ)で人気を博する。個人と経済の自由を重んじるリバタリアニズムを信奉している。2018年12月31日、大統領選出馬を決定した。2019年4月21日、大統領選挙で当選。投票獲得率73.22%。

しかしながらその後の議会選挙で、43.16%だけが「国民の僕」に投票。大都市の市長選でことごとく敗北する。公約通りこれまでの国家指導層をすっかり変更した。新閣僚は30-40歳であった。短期間に、任命された者たちにトラブルが頻発する。破天荒な副大統領。プーチンと行った会談はすべて失敗に終わっている。電動キックボードで政府庁舎に乗り込んだ首相。自分が権力を握ったら、友人知人たちが国家を支配するようなまねは絶対にしないと誓っていたのに、膨大な数のゼレンスキー・ファミリー(芸人や友人の兄弟等)を政府の要職に付けてしまった。そして汚職スキャンダルが勃発する。本人はともなく仲間が汚職に手を染めていたのだ。前政権の汚職政治家を投獄さえできなかった。ゼレンスキーと側近が某企業から4000万ドルを受け取るスキャンダルが発覚する。内閣不支持率が50%以上となってしまった。選挙期間中に「ゼレンスキーは薬物依存症である」という噂が飛び交い、プーチンウクライナ首脳陣を「薬物依存症とネオナチの一団」と呼んだ。この薬物依存症疑惑は払拭されていない。所詮このような人物であったのだ。そのまま行けば、喜劇を演じたピエロの大統領として終わったであろう。

ところが、2022年2月24日を境に、これまでとは全く異なる人間が現れた。「私に必要なのは武器であって、退避ではない」。自国の自由と独立を守る国家の指導者となったのだ。彼は当初ロシアとの問題を、プーチンとの話し合いで解決できると思い込んでいた。米国からの警告を無視して、何の準備もせず楽観的に構えていたようだ。

半年で国民・支持者にソッポを向かれたが、2022年2月24日、ロシアがウクライナへの大規模な侵攻を開始すると、侵攻に抵抗するウクライナ民衆を率いる男となった。開戦数時間前、10数回に及ぶ暗殺未遂を受ける。彼はウクライナを離れず、そしてウクライナ国民は激しい抵抗をしている。国民を団結させ、欧米から拍手喝采を浴びる国家元首となったのだ。著者は、このように変身したゼレンスキーを称賛している。

ここまで読んで、状況が人間を鍛え、成長させるのだ、と思った。しかしながら巻末の解説で、ウクライナ人で日本在住のアンドリー・グレンコ氏がゼレンスキーに厳しい評価を下している。「ゼレンスキーにウクライナ人が従ったのではないのだ。ウクライナ人が必死に戦うことにしたから、これを受けてゼレンスキーは降伏しなかったのだ、と。ゼレンスキーはいずれ去る。所詮、偶然に現れた時の人に過ぎない。しかし、この背後には団結した不屈の無敵のウクライナ社会があり、ウクライナ民族は不滅である、と。」

人はそう簡単に変わるものではないのだろう。

アフガニスタンのカイザル大統領はタリバンに押されて、米国と一緒に国外逃亡してしまい、非人道的で女性を抑圧するタリバン政権を樹立させてしまった。そう考えると、逃げないだけでも立派である。