Book Review 36-2 自死 #神

 

『#神』(フェルディナント・フォン・シーラッハ著)を読んでみた。

 

著者は、刑事事件弁護士として活躍する傍ら、2009年に『犯罪』でデビューしドイツでクライスト賞、日本で本屋大賞「翻訳小説部門」第1位を受賞した。その他の著書に『罪悪』、『コリーニ事件』、『テロ』、『珈琲と煙草』などがある。

 

本書は、医師による自死(自ら命を絶つことを自殺ではなく自死と言っている)の幇助の是非について観客が投票する戯曲である。第二幕で明らかにするはずの賛成と反対の票数は、空白である(著者は回答していない)。

 

自死についてのドイツの現状を探ってみよう。ドイツでは、命は神の所有物であり自殺(自死)は大罪だとするキリスト教的価値観の浸透に加え、かつてナチスが「慈悲の死」の名の下に重度障害者の大量殺戮を行った歴史的反省がある。日本では重度障害者の大量殺戮事件が2016年に起きている。「津久井やまゆり園」の元職員であったUが、同施設に刃物を所持して侵入し入所者19人を刺殺、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせている。「意思疎通のできない重度の障害者は不幸かつ社会に不要な存在であるため、重度障害者を安楽死させれば世界平和につながる」という確信的犯行であった。スイスでは、1990年代から公に自殺(自死)幇助が行われるようになり、2000年頃から外国人にも扉が開かれているため、そこで自死を選択するドイツ人も少なからずいるようだ。

 

本書の内容を具体的に見てゆこう。78歳の元建築家G氏は、肉体的にも精神的にも健康な状態だが、愛する妻を亡くした結果、生きる意味を失い、医師に薬剤を用いた自死の幇助を求めている。ドイツ倫理委員会主催の討論会が開催され、法学、医学、神学の各分野から参考人を招いて、彼の主張について議論することになる。「死にたい」という彼の意志を尊重し、致死薬を与えるべきか。 G氏の主治医や顧問弁護士が意見を述べ、活発な議論が展開される。第一幕で活発な議論が展開され、第二幕で投票結果が示される。3名の有名人の本書に対するコメントが「付録」として追加されている。

2022年8月、91歳のフランス人の映画監督ジャン=リュック・ゴダールが幇助を受けて自死したことは記憶に新しい。日本では、78歳の元東大教授で評論家の西部邁氏が入水による自死に際し、知人2人が自殺幇助で逮捕された。命は誰のものか。超高齢化社会に突入しつつある日本社会は、この問題にどう向き合うべきか、答えが出ない。

最後の参考人として登場するカトリックの司教の言葉。「生きることは苦しむことだ」と言う。「苦しみを否定し、自殺(自死)を望む人は、自分の人生の意味を否定している」と。「自死の是非を問うことは、生きることの意味に対峙することにほかならないのだ」と。自死を望む人にはこれらの文言は単なる哲学的言葉遊びに過ぎないのだろうか。