Book Review 24-8歴史 #ナチスは良いこともしたのか?
『#ナチスは良いこともしたのか?』(小野寺拓也・田野大輔著)を読んでみた。小野寺拓也氏は東京外国語大学准教授。専門はドイツ現代史。田野大輔氏は甲南大学文学部教授。専門は歴史社会学、ドイツ現代史。
岩波書店の刊行でこの書名だから結論(反ナチ)は分かりきっている。全否定なのか、部分否定なのか。バイアスをかけて読むことになる。この本が売れているということなので日本の読者も馬鹿にしたものではない。そもそも本書は、SNS等で根拠もなく聞きかじりで、事実無根や嘘をまき散らし、研究者を罵倒する巷の風潮に、怒って出版に至ったようだ。
はじめにことわりが書かれている。ナチスは複数型で、正しくはナチだそうだ。著者たちは、歴史的事実に対して、「事実」、「解釈」、「意見」の三層に分けて検討することを勧めている。そうすると自分にとって都合のよいところだけを照らし出し、それ以外が見えなくなる状態なのかが判断できる。この狭小化された見方は、意見の層に入り「トンネル視線」と呼ばれる。陰謀論や現在のトランプ元米国大統領がもてはやされるのはこれに当たるのだろう。
本書ではナチス・ドイツへの肯定的な解釈や意見に対して明確に反論を述べている。アウトバーンを建設し、失業率を低下させた、進んだ福祉政策や家族支援政策を導入した等に対して、ナチズム研究の蓄積をもとに事実性や文脈、結果を検証し、立派なことはしてないと反証している。
具体的に見てゆくと、ヒトラーの権力掌握には、ドイツの経済状況やヒットラーの広報力や他の政党の不甲斐なさなど、偶然の要素もかなり影響したようだ。ドイツ人はナチ体制を支持したが、熱狂したわけではないということを示している。経済回復はしたが、ナチスのおかげというより前政権の置き土産的要素が大きいようだ。ナチスは労働者の味方ではなかった。手厚い家族支援はしたが、公平性に欠け、一定の条件を満たさない者は除外された(抹殺された)。先進的な環境保護政策も実はしていない。健康帝国ナチスとは、軍国主義を向かうための方便に過ぎない。
SNSを席巻する暴論に惑わされないためには、その事実を「事実」、「解釈」、「意見」の三層に分けて検討する能力を養うことが重要と痛感した。