Book Review 15-11 時代小説 # 虎の牙

 

『# 虎の牙』(武川佑著)を読んでみた。

著者は、立教大学文学博士課程(ドイツ文学専攻)卒。書店員、専門紙記者を経て、2016年、「鬼惑い」で第1回「決戦!小説大賞」奨励賞を受賞。

ドイツ文学専攻なのになぜか甲斐武田氏を何作か描いている。甲斐武田氏といえば、武田信玄や勝頼を主人公とした作品は多々あるが、その祖先を描いた作品は珍しい。本作は武田信玄の父親である信虎を描いている。だが真の主人公は「山の民」として育てられた謎の弟、勝沼信友(アケヨ)である。その男は、山の民として虐げられながら生きてゆくはずであったのが、ひょんなことから信虎の弟として生きることになる(信虎の家来は皆虎の字をもらっている)。もう一人、罪を犯して房総から逃れた足軽大将の原虎胤も魅力的に描かれている。信虎、信友と義兄弟の契りを結び、武田家に仕官する。その武勇から「鬼美濃」と恐れられる。

時代小説というと戦闘場面や内部抗争を主とすることが多いが、本書はそれに加えて、山岳信仰による「呪」を背負いながら戦場を駆け巡る男の葛藤が描かれている。昔は自然の脅威を恐れかつ敬いながら生きたのかもしれない。

本書で甲斐武田家のルーツをはじめて知ることができたが、信虎が息子信玄から追放された経緯は省略されている。また、信玄の息子勝頼が織田に滅ぼされた経緯も省略されている。本書は信虎、信友に焦点を当てているので、その点について別の作品に期待しよう。

本書には、謎の弟となった勝沼信友の生き方に固唾をのみながらページを追う喜びがある。