Book Review 35-4 仕事 #バリ山行

 

『#バリ山行』(松永K三蔵著)を読んでみた。著者は2021年『カメオ』が群像新人文学賞優秀作となる。本書は第171回芥川賞受賞作。

 

本書のタイトルである「バリ山行(さんこう)」とはなにか。バリ島の山に行く話かと思ったら、「正規の登山道以外のルートを使って山を登ること」であり、多様性があるのでバリエーションのある登山ということで「バリエーション山行」というのだそうだ。バリ山行とはその略称である。

 

本書は山岳小説とも言えるが、登る山は低いし(ただし危険な山道を開拓してゆく)、仕事と山歩きを重ねて考察しているので「仕事小説」に分類した。

 

主人公Hは古くなった建物外装修繕を専門とするN建装に、内装リフォーム会社から転職して2年が経つ。会社の付き合いを極力避けてきたHは同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、Hも親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、職人気質で変人扱いされ孤立しているベテラン社員Mがあえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知る。

 

Hは山に登っていても仕事のことが、今後の会社の成り行きが心に覆いかぶさる。そんな鬱憤を晴らすために整備された一般の登山道ではなく、藪を掻き分けてルートを見つけながら登る「バリ山行」にのめり込むHであった。「バリ山行」を通じて肉体的にも精神的にも追い詰められることで何かに気づくという体験がリアルに読者に伝わってくる。いい意味で芥川賞受賞作らしくなく、わかりやすく、主人公の心情に感情移入できる作品である。みなそれぞれに仕事とそれ以外の活動とのバランスをとりながら生きているのだ。

 

仕事小説と言えば、津村記久子氏の『#この世にたやすい仕事はない』がお勧めである。仕事に対して面白い活動をする人物が出て来る短編集である。