Book Review 15-19 時代小説 # 蛇衆

 

『# 蛇衆』(矢野隆著)を読んでみた。著者は本書で第21回小説すばる新人賞受賞。2022年『琉球建国記』で第11回日本歴史時代作家協会賞受賞。

 

室町末期、自らの武力だけを頼りに、各地を転戦する傭兵集団「蛇衆(じゃしゅう)」の話。そのころ九州の地方領主・鷲尾家に児が授かる。ところが巫女がその児は当主を食い殺すという予言をする。それを鷲尾家の領主が真に受けて、部下に児を殺すように命ずる。・・・そして時が流れて、蛇衆の頭目の朽縄(くちなわ)が九州の地方領主・鷲尾家の息子であるという噂が流れる。その噂から朽縄は鷲尾家に召し抱えられる。そうこうするうちに異母兄弟の家督争いが起こり、その紛争に巻き込まれてしまう。その紛争を乗り切るために一度離散した蛇衆の仲間を呼び寄せる。果たして蛇衆の頭目は、巫女の予言通りに当主(父親)を殺してしまうのか。

 

本書はソポクレスのギリシヤ悲劇『#オイディプス王』の粗筋を元にしているのではないか。テーバイのラーイオス王とその妻イカテステーの間の児が、もし生まれれば王を殺すという神託を受ける。そして男児オイディプス)が生まれたが神託を恐れた王は男児を殺そうと考えた。結局、部下の機転で山中に置き去りにされた男児は羊飼いに育てられる。その後優れた若者に成長したオイディプスではあったが、羊飼いの実子ではないと中傷を受ける。そこで神々の神託を受けると、「故郷に近寄るな、両親を殺すであろうから」と伝えられた。羊飼いを実の両親と信じるオイディプスは、親殺しを避けるため故郷を離れて旅に出る。

 

旅の途中、偶々の諍いの末、オイディプスは事もあろうに実の父親ラーイオス王を殺してしまう。その後、オイディプスは「一つの声をもちながら、朝には四つ足、昼には二本足、夜には三つ足で歩くものは何か。その生き物は全ての生き物の中で最も姿を変える」というスピンクス(ギリシヤ神話などに登場する、ライオンの身体と人間の顔を持った怪物)の問いかける謎を解いた。「この謎を解いた者にテーバイの街とイオカステーを与える」という布告を根拠に、スピンクスを倒したオイディプスはテーバイの王となった。そしてそうとは知らずに実の母を娶り、2人の男児と2人の女児をもうける。オイディプスがテーバイの王になって以来、不作と疫病が続いた。そこで神託を求めたところ、「不作と疫病はラーイオス殺害の穢れのためであるので、殺害者を捕らえテーバイから追放せよ」という神託を得た。オイディプスはそこで過去に遡って調べを進めるが、次第にそのあらましが、自分がこの地に来たときの三叉路でのイザコザに似ていることに気が付く。さらに調べを進めるうち、やはりその殺害者が自分であること、しかも自分がラーイオス王の子であったこと、母との間に子をもうけたこと、つまりは以前の神託を実現してしまったことを知る。それを知るやイオカステーは自殺し、オイディプスは絶望して自らの目をえぐり、追放された。

 

本書物語の後半、鷲尾家の領主と予言をした巫女とが対峙する。あのときの言葉「児が父親を殺す」というのは予言なのか、予測なのか、と討論する場面がある。ここもシェークスピアの『#マクベス』を連想させる。

 

魔女がマクベスに 王になることを予言し, そしてマクベスが敵と戦って勝つことを予言する。しかし「王になる」の予言は的中するが, 「友人の子供が王となるだろう」という予言を覆すために、友人を裏切って殺害し、挙句の果てにマクベスは破滅してしまう(魔女の予言通りになってしまう)。

 

魔女の行った二つの予言の破られ方が興味深い。一つは「森が動かない限り安泰だ」(敵が木の枝を隠れ蓑にして進軍していたのだが、森が動いているように見えた)、二つ「女の股から生まれた者には殺されない」(刺客は「帝王切開で生まれた」)。この時代、既に帝王切開がなされていたのだ!

 

 

本書が『オイディプス王』と『マクベス』を踏襲するだけなら、文学賞は得られなかったであろう。結末は少しひねりが効いている。古典を下敷きにしながら、どうオリジナリティが加えられているのかを味わうのも一興であろう。