Book Review 25-3 バレエ #Spring

 

『#Spring』(恩田陸著)を読んでみた。

 

著者はホラー、SFなど枠にとらわれず執筆。『夜のピクニック』で本屋大賞、『蜜蜂と遠雷』で直木賞本屋大賞を受賞。

 

本書をレヴューする前に、音楽コンクールを扱った『#蜜蜂と遠雷』について触れたい。3年ごとに開催されるY国際ピアノコンクールに参加した天才音楽家たちの姿を描いている。ここ優勝すると世界に大きく飛躍できる。養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない15歳の少年Kやかつて天才少女であった20歳のE、社会人からコンクール年齢制限ギリギリの28歳で参加するT、名門ジュリアード音楽院の19歳の優勝候補A等の天才たちが繰り広げる第1次から3次予選そして本選を勝ち抜く戦いが描写される。どの天才の努力に栄誉が輝くのか。ハラハラドキドキ。芸術の天才を描かせたら恩田陸の右に出るものはいないだろう。

 

本書『#Spring』はバレエダンサーを描いている。バレエの舞台を見たこともないし大した興味もなかった私に、バレエの素晴らしさを認識させた作者の技量は尋常ではない。登場人物は皆天才である。各章の語りは別々の人物であり、多視点によってバレエを多角的に描写している。一見して抜きんでている才能や光り輝くものを持っていないと大成できない世界のようだ。音楽ではまだ努力で補えるものがあるようにも思えるが、本書を読むと、バレエは天才でなければ生きていけない世界であることがわかる。

主人公は萬春(よろず・はる)という男性であり、タイトルは「はる」をspringとしたものだ。バレエダンサーとしても天才である男が振付家としての才能を発揮する。8歳でバレエに出会い、15歳でドイツの名門バレエ学校へ渡る。天賦の才を与えられダンサーが同じ時代に生きるこれまた天才的な振付師や批評家、文学者、作曲家に巡り合う。それぞれの情熱と才能がぶつかりあい、新たな作品が生まれていく。ここまで読むとバレエダンサーよりも振付そのものに興味が湧くようになった。
 ページの片側に「パラパラ漫画」が付いており、ダンサーが踊りだす工夫がなされている(この漫画を描くためだけに一流のバレエ関係者が関わっているようだ)。本書を読むとバレエに引き込まれること間違えなしである。

 

蜜蜂と遠雷』を読んだ後には、『蜜蜂と遠雷』ピアノ全集+1(完全盤)(8CD)を購入してしまった(もっぱら妻が聴いているが・・・)。

 

 本書のなかにたくさんの音楽がでてくるが、イスラエルのベーシストであるアヴィシャイ・コーエンの曲がバレエ振付されている。そこで興味を持ちYouTubeで検索して、本書を読みながら聴いていた(その後、1999年発売のCDを購入してみた)。最後の方に沖縄で作られた曲『花』も出て来て、振付が施されている(バレエで観てみたい)。読後に喜納昌吉の『花』と夏川りみの手話付きで歌う『花』をYouTubeで繰り返し見てしまった。セロニアス・モンクの曲も出て来る。突っかかるような曲『ミステリオーソ』(『MONK モンク』では、のっけから、彼がピアノの横でクルクルとまわるダンスシーンからはじまるそうだ)。小太鼓が延々と繰り返される『ボレロ』(モーリス・ラヴェルが1928年に作曲したバレエ曲)の振付もハルが行っている。

 

小説ではオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』(主人公の重ねる罪悪はすべてその肖像画に現われ、いつしか絵の中の容貌は醜く変り果てていく)、阿部公房の『砂の女』(失踪者を追跡しているうちに、大都会の砂漠の中の穴の底に埋もれていく一軒家に故なく閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男を描いた)、ジョージ・オーウェルの『1984年』(ビッグ・ブラザーを中心とした一党独裁国家の統制の下、市民はあらゆる人間性を管理されている)を振り付けるという。一風変わった作品ばかりだが、どんな振付になるのだろう。映画では、白黒の避暑地が舞台の『去年マリエンバートで』(名作と言われているが登場人物の動きが少なく私には理解できなかった)について言及されている。

 

著者の多分野への関心の深さに驚愕するばかりである。本書を読むことであなたもどこかに興味の引っ掛かりができるかもしれない。