Book Review 12-1スポーツ 嫌われた監督

 

『嫌われた監督』(鈴木忠平著)を、中日ドラゴンズファンでも落合博光の支持者でもないが読んでみた。「週刊文春」で大反響を呼んだ傑作フィクションである。中日ドラゴンズを日本一に導いた落合博光が監督を務めた8年間を描いている。

のっけから引き込まれる。就任1年目の監督としての初仕事は、肩を壊して3年間二軍暮らしの川崎憲次郎開幕投手に指名したことである。無謀なのか、温情なのか。試合の結果は?その後、川崎はどうなったのか?落合の意図は何だったのか?

これまで二軍でしか活躍できていない森野將彦が中日ドラゴンズの大スター立浪和義から三塁のポジションを奪えるのか。奪おうとする者の努力と奪われることを阻止しようとする者の陰での努力が語られる。

福留孝介落合監督に広島カープ前田智徳のバッテングを見ておけと言われた。シンプルに打つ。落合と接するのはバットを介してのみ。落合の神主打法は土肥健二(ロッテの代打専門打者)の模倣だそうだ。落合の無名時代が語られる。

誰よりも打撃を追求した男が、打撃の可能性を信用しない。守備を重視したファンにとっては盛り上がりのない野球を目指すという。個人の記録か、チームの勝利か。日本シリーズ初の完全試合目前の山井大介の9回表。続投するのか、岩瀬仁紀に代えるのか。その前に過去に温情で負けた試合が語られる。その判断に対する賛否は今も燻っている。(最近では佐々木朗希が完全試合の9回表を目前に降板した件が記憶に新しい)。ダッグアウトの同じ席で毎試合ジーと試合を見つめる落合博満。そこで選手の微妙な変化を観察し、選手起用をしていたようだ。

落合契約最終年のシリーズ後半に中日が巨人に負けて、その試合を観戦していた中日球団社長がガッツポーズをしたという噂が流れた。(中日球団は赤字と、成績に加算された落合の高額年棒に苦しんでいた)。そして、優勝の行方が決まる前に、落合の退任発表をした。優勝は絶望的であったはずが、その後、選手は怒り、闘争心をむき出しにして15勝3敗2分の成績で中日は優勝した。見渡せば、落合のチームにいるのは挫折を味わい遠回りしながらも、自分の居場所を勝ち取った男ばかりであった。

本書は、落合の寡黙で謎に満ちた言動の真意を解き明かそうと読者にページを捲らせる。巨人軍のように、他球団のスター選手を金で頬っぺたを引っ叩いてかき集めた集団と違うところに人生のドラマを感じるのかもしれない。この時代の中日ドラゴンズに関わった様々な関係者の人生の苦悩・葛藤に光を当てた感動に満ちた本である。

本書は、「壮絶なものが通り過ぎ、すべてをさらっていったような、清冽な青があるだけだった。」で終わっている。