Book Review 23-1 日常の謎 # 中野のお父さんの快刀乱麻

 

『中野のお父さんの快刀乱麻』(北村薫著)を読んでみた。

編集者として働く女性が出会った日常の謎や文学の謎を中野に住む父親が解決するシリーズ。現在、3冊出版されている。『中野のお父さん』、『中野のお父さんは謎を解くか』(近々読む予定)、本書。

 著者は国語教師をしながら覆面作家として『空飛ぶ馬』でデビュー。その後、直木賞を受賞。著者のミステリーには、「日常の謎」といわれるものが多い。元国語教師だけあって詩歌、一般文学への素養も深く、一般文芸作品の著書も少なくない。

本書収録作品に大岡昇平古今亭志ん生小津安二郎瀬戸川猛資菊池寛古今亭志ん朝についての蘊蓄(うんちく)が語られる。

三島由紀夫の『美徳のよろめき』から、いつから「よろめき」に不倫の意味が加わったかの考察。

古今亭志ん生の天衣無縫」という作品の中で、蚊帳を20円札で買う話があるが、実話を落語に落とし込む際に志ん生は精細な気配りをしていると考察している。20円札などあったのか。

小津安二郎の映画のクレジット「原作 里見弴」と出て来るそうだ。原作と内容が全く違うのになぜクレジットが入っているのか。

菊池寛の将棋小説」では、検校との目隠し将棋を扱った作品で使われた棋譜はどこから来たのか。また太宰治坂口安吾が旅先の高級料理屋で闇雲に食べ過ぎて料理代を払えなくなる話。そこで太宰治坂口安吾を人質にして菊池寛のところへお金の工面にゆく。太宰治はいつまで経っても戻ってこない。業を煮やして太宰治を探すと、菊池と太宰は呑気に菊池宅で将棋をさしていた。人質を置いて戻らなければならない設定は『走れメロス』の状況に近いか。「二人をセリヌンティウスとメロスに見立てて、待つ身と待たす身でどちらが辛いか」と太宰が言ったとか言わなかったとか。このエピソードと作品創作との関連に言及するところも面白い。

 古今亭志ん朝がドイツに関心があったという話(旅行先で行ったドイツの喫茶店志ん朝の落書きがあるらしい)。志ん朝と父親志ん生との狭間で芸の評価で苦悩した実兄の金原亭馬生の噺「もう半分」、桂文楽の噺「心眼」についての裏話を知ると、是非聞いてみたくなる。(大須演芸場で収録したCDボックスを本文中で褒めているが、私は札幌図書館から借りだして30枚すべてコピーし暫く毎日聞いていた。「日本一客の入らない」との異名をもつ大須演芸場。必死で寄席の灯を守り続ける演芸場を救うための独演会の録音)。

日常の謎や文学の謎が解けるプロセスを辿ることは、犯罪ミステリーを解くのとは異なる楽しみがある。