Essay 5 NBM:Narrative-based Medicine 

 

 現代の生物学的医学は,科学的であることのみに主眼をおき、患者自身,あるいは患者の生きた体験や抱える信念を無視する傾向を近年ますます強めている。その反省としてEBMという、科学性のみならず患者の背景をも考慮する実践法が唱道されたが、その本意は十分に理解されているとは言い難い。そのような状況を打破するためには,医学を患者の側にさらに引き寄せる必要がある。そこで、患者の「語り(narrative)」を通じて、患者の信念にアプローチしようとするのがNBMという実践法である。

 医学において「語り」が重要なのは、「語る」ことで「語り手」と「聴き手」がつながり、生きた経験としての語りを通じて,患者は自身の「病い」に意味を見いだすことができるからである。

これを具体的にみてゆくと、診断的面で「語り」は、医師と患者間の共感と理解を促進し、有益な分析の手がかりとなる。治療の過程において「語り」は、全人的なアプローチを促進し、治療上の新しい選択を示唆したり,生み出したりする可能性がある。教育的面で「語り」は、印象深く忘れ難いため、聴き手・語り手の両者に内省を強く促す。研究において「語り」は、患者中心の計画を設定する足がかりとなり、新しい仮説を生み出す糸口となる。

現代は,医療の実践とその機構にとって,不確実性と混乱の時代であるが,このような時代にこそ,「語り」へのアプローチが必要不可欠であると言えるのではないだろうか。