Essay 4 EBM: Evidence-Based Medicine

Sackettら1)は機械論を基本としたこれまでの「科学的」アプローチが臨床実践にそぐわないと批判的に総括し、これを変えるための新しい実践法EBMを提唱した。「優れた医師は、自分自身で培った専門的知識・技能とともに最善の利用可能な外部根拠を利用する。そのどちらかが欠けても不十分である。その知識・技能なしの臨床行為は、外部の根拠に虐げられる危険性がある。というのも、たとえ優れた外部根拠であっても、個々の患者には適用できなかったり、不適切であったりするからである。一方、最新で最善の根拠なしの臨床行為は、急速に時代遅れになり、患者にとって有害になる危険性がある」と医療における専門性と研究からの根拠の統合を強調している。

治療についてのEBMの実践方法

では、治療についてのEBMの実践方法を例で解説しよう。脳梗塞発症を心配する59歳の男性。13年前に心筋梗塞罹患。血管外科に通院中。空腹時血糖値:158mg/dl、 HbA1c:5.8%。 総コレステロール, 中性脂肪、HDL-Cの情報はない。左頚動脈に収縮期血管雑音を聴取する。

第1段階で、質問を受けた者が答えることが可能な疑問文を作成し,第2段階で、情報の収集をし,第3段階で文献を批判的に吟味し,第4段階で得られた情報が自分の担当する患者に適用できるかどうかを判断するという手順を踏む。まず、 疑問の定式化を行い、Patient:心筋梗塞の既往患者に、Intervention:pravastatin治療を行うと、Comparison:プラセボの場合に比べて、Outcome:stroke発生率または死亡率が低下するか、としてみよう。次の情報の収集は、最近では原著論文を批判的に吟味した情報をまとめた二次情報データベース(The Best Evidence 4、Cochrane Library、UpToDateなど)を利用することが得策である。関連のあるキーワードを用いて検索を行うことにより簡単に情報にたどり着くことができる。そして、情報を批判的に吟味する。批判的吟味とは、しっかり読むことであり、具体的には1)妥当性、2)結果、3)適用について検討することである。今はEBM関連書から簡単にさまざまなチェックリストを入手することができる。治療関連の情報では、ランダム化の有無、経過観察率、割付け通りの解析(intention to treat)有無が質の善し悪しに大きく影響を及ぼす。転帰の評価は相対リスク:relative risk (RR)にとどまらず、絶対リスク減少(ARR)やnumber needed to treat(NNT)=1/ARRでも行う必要がある。できれば、95%信頼区間もみておく必要があろう。ここで、検索して得られたCholesterol and Recurrent Events trial(CARE )2)を検討することにしよう。脳梗塞再発予防効果について、4159名の心筋梗塞後患者(平均のTC:209, LDL-C:139mg/dl、85%が抗血小板療法を併用)をランダム化してpravastatin 40mg/日(プ)群 と偽薬(偽)群とを比較して5年の中間値でみている。それによるとプ群は偽群より脳梗塞発症が32%,死亡が27%減少した。ARRは0.016、NNTは62.5である。最後に、患者に適用するため、米国と比較できる日本のデータを探すと,1994年における脳卒中死亡率が日本対米国は96/100,000 対 59/100,000でRRが1.63であった。薬剤効果が等しいとすれば,脳梗塞発症をそのまま1.63倍と計算しARR=0.02,NNT=50と補正できる。このようにして、患者に、「あなたのような心筋梗塞に罹患した動脈硬化の危険因子をもつ日本人男性患者50名にpravastatin 40mg/日を5年間内服してもらうと、そのうちの1名の死亡・脳梗塞発症を予防できます。ただし危険因子のない患者に対しての予防効果は証明されていません。」と説明できる。ここで患者の病気に対する考え方や治療についての希望等を突き合わせて最終判断を下すことになる。

まとめ

最近、遺伝子診断やその治療がテイラー・メイド・メディスンと謳われ脚光を浴びているが、著者はEBMをもって批判したはずの「科学的」医学への逆行であると認識している。古澤3)は「ゲノムの情報と形質とは一対一対応していない(遺伝子が一緒なのに違う形態ができる)」と述べており、これは遺伝子へのアプローチが単純に解決には結びつかないことを示唆している。McWhinney4)は『患者中心の医療』の中で、「医学は絶えることのない道徳問題を抱えている。現在、そのうちの二つが特に重篤である。一つは苦悩に対する不感症であり、もう一つは医師による力の乱用である。(中略)臨床技法を作り直すことは、深いレベルで道徳的目的をもっているのである。それは、思考と感情のバランスを回復させることであり、また、近代技術がもたらした多大な力を放棄すること、少なくとも患者と共有することでもある。」と述べている。彼の指摘を待つまでもなく、EBMはこのような反省に応えるための一手段であると捕らえるべきものであろう。

 

参考文献

  1. Sackett DL : On the Need for Evidence-Based Medicine. In: Evidence-Based MEDICINE How to Practice & Teach EBM. Sackett DL, Richardson WS, William Rosenberg W, Haynes (eds) CHURCHILL LIVINGSTONE, New York, 1997, p 1-20
  2. Plehn JF, Davis BR, Sacks FM, et al: Reduction of stroke incidence after myocardial infarction with pravastatin The Cholesterol and Recurrent Events (CARE) study. Circulation 99:216-23, 1999

     3.古澤満:不均衡進化論「振動する遺伝子システム」と「進化するポテンシャリティ」.現代思想 29-3:36-55, 2001

  1. McWhinney IR :Why We Need a New Clinical Method. In: Patient-Centered Medicine Transforming the Clinical Method. Stewart M, Brown JB, Weston WW, McWhinney, McWilliam CL, Freeman TR (eds) SAGE, Thousand Oaks, 1995, p 1-18

 

用語概説

EBMは、機械論を基本としたこれまでのアプローチが臨床実践にそぐわず、これを変えるための新しい実践法として提唱されたものである。治療についてのEBMの具体的実践方法は、実際の患者を取り上げ、第1段階で、質問を受けた者が答えることが可能な疑問文を作成し,第2段階で、情報の収集をし,第3段階で文献を批判的に吟味し,第4段階で得られた情報が自分の担当する患者に適用できるかどうかを判断するという手順を踏む。