Essay 2 EBM &NBM

EBM: Evidence-Based Medicine  

NBM: Narrative-based Medicine

                                                       
 近代医学は近代合理主義科学に基づいている.その機械的世界感は,世界がいかに複雑に見えようとも,結局はひとつの巨大な機械であり,何かを認識するためには,その対象を要素に分割・還元し,一つ一つの要素を詳しく調べたのち,これらを再び統合すればよいと考えている.このような立場で医学は多大な進歩をとげた.しかし,このような要素還元主義にも限界や落し穴がある.すなわち,要素に還元し,分析してゆく際に「重要でない」と考えられる要素を捨て去り,適切な要素還元がなされたという幻想の基に仮説が形成される.専門主義や細分化を繰返し,関係性のネットワークの喪失を来たし,患者の苦悩は癒されず放置されている.このような問題点を是正するための努力が多くの地域医療の日常でなされている.

 そのような動きの一つにEBMが挙げられる。EBMを推進するグル-プは、これまでの伝統的医療を、医師中心の医療であり患者のデータに基づいていないという点で科学性が低い医療であると断罪した。彼らはこれを変えるために,臨床疫学を熟知し,医療実践するということを強調している。しかしながら、細胞を用いたin vitroの実験では様々なバイアスを取り除くことができ,ほぼ1対1の対応が成立ち,説明変数と従属変数の相関係数を限りなく1に近付けることも可能かもしれないが,動物実験となると少しずつバイアスが入り込みこの率が低下してゆく.EBMで扱う臨床研究ではさらに相関は低下する.多くの臨床研究における多変量解析の相関係数はどんなに大きくても精々0.5留まりである.ということは説明変数による寄与率は相関係数の2乗なので最大0.25となる.すなわち,統計学と臨床疫学を駆使したEBMをもってしても根拠全体の25%しか説明できないということになるわけである。とは言え、統計データを使わなければ自分一人の思いこみを拡大解釈するしかなく,根拠は限りなく0に近付いてゆくばかりである.

このように伝統的な医療に挑戦する形で始まったEBMであるが,EBMも所詮確率モデルから逃れられない.他の学問領域においては確率・統計化の時代は20世紀前半から1970年代に社会的に全域化している.現在は多様化,個別化の時代に移行しており,平均化を重視する思考は時代遅れになりつつある.一方,医療においては確率論を基本としたEBMは1990年代になって始めて注目されるようになったのである.ここ数年EBMがもてはやされる風潮は,経験論・機械論がいまだに横行する医療界にあってはそれでも大きな進歩と言えよう.

しかし、比較的均一な患者を扱う専門医にとっては有効性があるかもしれないが、多彩な患者と出会う総合医、家庭医にあっては、EBMで説明できない75%の問題にも対応しなければならないという課題が残る.この点に注目したのがNBMである。現代医療で有効性が証明できない問題に対しては謙虚な姿勢で臨む必要があろう。言い換えると、家庭医、総合医等の専門診療に拘泥しない医師集団の目指すところはどこなのか(脱専門化医療)という問いかけにそれを目指すもの者は答えなければならないだろう。

その基本診療姿勢はIR McWhinneyが提唱するgeneral medicineに欠かせない4要素、① まず医師と患者の良好な人間関係を構築し、その上に立って診療するという医療分野であること、② 総合医は一般化された対象よりも個々の患者を中心に考えること(あなたのための専門医)、

総合医は生物医学的な機械論よりも有機的なつながりを重視すること、④総合診療は心・身の二元論を超えたアプローチする医療分野であること、を前提にすることである、と私は考える。

このような分野で活躍する優れた医師になるためには,①プライマリ・ケア医療、②研究方法の基礎としての臨床疫学,実践方法としてのEBM、③家庭医学・医療人類学、に対する知識・技能・態度を身につける必要があろう。その中で目標としている内容は、臓器別疾患,外科,内科等の既成の医療概念についての知識・技術に加えて,その枠を越えて有機的,多面的,総合的な思考と行動ができる、道案内役,調整役,聴き役,説明役,連絡役を担う思考と行動ができる、「生きがい」の維持・向上を尺度とした思考と行動ができる、個人・家庭・地域の個別の事情に応じた思考と行動ができる、患者の自己決定を支援することができる、近接性,日常性,継続性,包括性,協調性,責任性,民主性を実現する思考と行動ができる、心理・社会的,倫理的観点から思考と行動ができる、家庭を一単位とした思考と行動ができる、等であり、それらはまさに患者・住民の声を聴き取ることを原点としたNBMの実践である。