Essay 1-1 総合診療医に読んで欲しい書籍

総合診療医にとって必要と思われる知識を提供してくれる本を紹介したい。

【医療人類学】

■「The Illness Narratives」Arthur Kleinman著、「病いの語り:慢性の病いをめぐる臨床人類学」(江口重幸、他 訳)

慢性の病いをかかえた患者やその家族が肉声で語る物語を中心に構成されている。生物医学が軽視しがちな病いの「経験」と「語り」に耳を傾けてその意味を理解することが、現代の医療やケアに最も必要であることが明らかにされる。

「Patients and Healers in the Context of Culture」にオリジナルの研究成果が期されている(現在、手に入らない)。

台湾における研究で、米国で教えられる医学知識だけでは住民の訴えに応えられないことに気づき、「explanatory model(説明モデル)」を提唱した。OSCEの医療面接で患者の訴えを訊く項目「解釈モデル」に取り入れられている。

関連用語:LEARN, LET’S HEAR。必読書。

医療人類学ではillnessを「病い」と訳す。

 

■「The Wounded Storyteller」Arthur W. Frank著、「傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理 」(鈴木智之訳)

彼自身の病気、心臓発作と癌を経験しこの本を書いた。この本では、物語の語り手として病の状態に置かれている人、あるいは病気から立ち直ろうとしている人とその物語を、人々との会話や文学を引用し、考察している。病いを納得し受け入れるために、我々は物語を生み出す。著者は病いにおける物語の類型を次の3つに分けている。①「回復の物語(the restitution narrative)」②「混沌の物語」③「探求の物語」。回復の物語は再び元気になると予想し、治癒に向かう急性疾患の患者に当てはまる。混沌の物語では、病気は永遠に続くようで、病気や自分を洞察できない。探求の物語は、病気の人が新しい人になるためのナラティブを見つけてゆく。

講義に利用している。

■「妻を帽子と間違えた男」オリバー・サックス

神経科臨床医学教授であり、ニューヨーク市内で開業もしている。2007年から2012年までコロンビア大学メディカルセンターの教授だった。2008年大英帝国勲章(CBE)を受賞した。

著作にはサックスの担当した患者について、その詳細までが記されており、特に患者の体験、illnessに主眼が置かれている。

レナードの朝」は、1920年代生まれの嗜眠性障害の患者にL-ドーパを投与した経験について書かれ、映画にもなった。

妻を帽子とまちがえた男」(1985年)でサックスはトゥレット障害自閉症アルツハイマーなどと闘う人々を描いた。「火星の人類学者」等を執筆。

私は「妻を帽子とまちがえた男」の中のレベッカを講演の題材にしている。

【プライマリ・ケア医学】

■「The Foundations of Primary Care: daring to be different」Joachim P Sturmberg著

 この本は、藤沼康樹氏から情報を受けて購入した。健康と病気の主観的で社会的性質に焦点を当てることを強調している。健康の状態を4軸(somatic, social, psychological, semiotic)に分けて考え、医療従事者が患者を支援するための新鮮な視点を与えてくれる。疾病の重症度が高くても、4つのバランスがとれていれば健康と考える。逆に疾患は軽度でも4つのバランスが悪ければ不健康とみなす。本書は、新しい開発、社会的側面、批判的な言説、国際的な視点、医学の歴史と哲学を取り入れて、プライマリ・ケアへのシステム全体のアプローチを取っている。著者は、医学の歴史的価値を考察し、現代医学の複雑さに適応するプライマリ・ケアに必要な知識を与えてくれる。本書を読むことでプライマリ・ケアに必要な知識を習得することができよう。

 

■「Patient-Centered Diagnosis」Nicholas Summerton著

2011年の地域医療総医学講座のブログに掲載した文章の一部を再掲載する、プライマリ・ケア医が診断するときや研究するときに役立つお勧め本である。
第1章は導入である。乳房腫瘤の2名の患者がいる。一方は早く紹介しすぎて患者に余分な負担をかけたし、もう一方は遅れて紹介して癌の治療が手遅れになったことを嘆いている。このように診断は昔から難しいものであった。近年では検査をまとめてすることが容易になり、その結果、患者との初診での面接の仕方が変わってしまい、あまり患者そのものに焦点を当てなくなってしまった。

体重減少を主訴に来院した患者に、あらゆる検査をしたが、異常なしであった。検査をする前に、誰か医師に一度でもいいから、「気持ちが沈んだことがあるか」と聞かれたことはあるかと尋ねてみたところ、そんな質問は一度もなかったと涙ながらに訴えた。この患者は「うつ病」の治療で軽快した。本書は、診断の仕方を患者に重点を置くよう試みたものである。

第2章は診断の難しさについて。
消化管出血を訴える患者を何名か専門医に紹介したら「異常なし」という丁重な返事が続いたため、紹介するのをためらって減らしていた。そうこうするうち、患者の親戚から「専門医を受診して検査したら手遅れであった」と責められた、という架空の話で始まる。
PC医は4つのどれかに落ち着く。
Good doctor:直ぐに紹介して重大な病気があることを見つける。
Poor doctor:はじめ見逃して、手遅れになって専門医に送る。
Over-cautious doctor:不必要な患者まで専門医に送る。
Gate-keeper doctor:紹介せず、特殊な治療はしない。
誰もがGood doctorになりたいはずである。本書で述べる患者主体の診断とは、「論理的臨床情報を収集かつ使用する」ことを言う。

不正確で非効率
検査における偽陽性偽陰性を考慮して、「見逃し」と「過剰診断」とのバランスをとることが重要である。

心不全と診断されている患者の1/3は不必要な治療を受けている。

症状のない一般住民スクリーニングについては、経費や効率の点から我々が期待するほど成果は上がっていないことが述べられている。症状がでてからのガンの診断についても、有効なやり方が確立されていない。

診断は問診でかなりできる。ある報告によると、83%とも56%とも76%とも報告されている。さらに身体診察を加えることで、9%または17%または12%確率が上がると言われている。

検査を加えることで、害が加わる可能性も考慮すべきである。余分な経費、不安や痛み。検査の結果、不要な治療やタイミングのずれた治療がされたり、見逃しがあったり、過剰な診断があったりしてはならない。

症状がある患者にいろいろと検査をしても30-75% では診断がつかない (Kroenke et al.)、様々な研究では有効性よりも費用の浪費が目立つ。

近道思考とバイアス(Heuristics and biases)
診断とは不確実への対処法であるが、人間に過ちはつきものである。

一般に臨床医は診断に際して仮説演繹法を用いる。患者の属性や症状からいくつかの新患を思うかべるが、それに3つの罠が潜んでいる。

その1.代表性(Representativeness heuristic)。プライマリ・ケアの設定ではまれなのに、大病院に多く集まる疾患を思い浮かべてしまう。最初に思い浮かべた新患について質問を続け、別の疾患については言及しようとしない傾向がある(conformation bias)。

その2.利用性(Availability heuristic)。最近勉強会で出題されたり、希であり見逃したりした印象深い疾患を思い浮かべてしまう。

その3。最初の確率設定とその補正(Anchoring and adjustment heuristic)。最初に不適切に事前確率を設定し、その後の検査結果を適切に判断せず検査後確率を十分に補正しない。

不確実への対応の仕方にも国柄がある。英国のGPの方がオランダのGPよりも専門医への紹介率が高い。

防衛医療と思える行為が年々増加している。検査をしても診断がつかない患者も少なくない。不確実な状況では、良好な医師・患者関係を構築することが症状緩和や治療に重要となる。

著者の患者さんの例。めまいで数年経過を見ている患者。初回はややこしく、難しかった。2回目はやりにくかったが、3回目はわかりやすかった。結局、患者の症状は軽快した。検査や紹介をせず不確実を受容しながら経過を見ることで医師も患者も得をした。

とは言っても、診断がつかないまま患者を診るのは難しい。そこで、次の章からこの点を検討している。

 

■『Complexity & Medicine The elephant in the waiting room』(Colin J. Alexander著、Nottingham、2010年)

「医学の問題点:複雑な病気の原因を同定できないこと」だそうだ。

医学には2つの領域がある。科学と技術である。病気の予防と治療が対応する分野となる。予防は目に見えないが、大変重要で利益も大きい。予防をするためには、原因を知る必要がある。冠動脈疾患に関して言うと、治療法は進んでいるが、その原因については多くの仮説があり、原因は不明である。遺伝子解析が進むと解決すると思われたが、現実にはそうならなかった。原因が一つではないからである。感染症などと異なり複雑な病気では、原因が一つのいうことが間違っている。原因と機序とは同じことを意味しない。原因については「なぜ」に答える必要があり、機序は「いかに」に答える必要がある。

科学には仮説が必要である。それがないと検証ができない。科学のプロセスとして演繹があるが、それに十分な論理性はない。仮説を探る帰納と検証する演繹のプロセスを持つ。

研究モデルは4つ。介入研究、コホート研究、ケース・コントロール研究、住民調査である。複雑な疾患については仮説過多が問題である。それぞれに独立したニュートン以降の線形の仮説モデルは不適切である[役に立たない]。感染症は線形モデルでよいが、その他は非線形モデルでなければならない。

カオス理論。病気とはホメオスターシスの破綻である。一般に、ネガティブ・フィードバックが主であり、エラーを防ぐようになっている。逆にポジティブ・フィードバックは不安定となり、有害である。一般に線形であっても、信号を受けてからの反応にタイム・ラグがあるとまれでがなるが揺らぎが起こる。

後半は様々な整形外科疾患を例に挙げて、原因を線形モデルで求めようとしても無理であり、非線形モデルが必要であることを100ページ割いて述べている。